木蓮夜話 4へ。

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- 木蓮夜話 - B



― なのに、どうして…? ―



                    **  **  **  **  **  **



一瞬の沈黙の後―最初に切り出したのは西脇だった。

「…それは…隊長が女性の霊に取り付かれている。と?」
「…平たく言えば…」

到底、信じられる事ではないが…
石川が倒れたのは事実で。
加藤がこういった冗談を言う人物ではない事もソレを見ることが出来る事も解っている面々は、
渋々ながらも納得した。

「それで…?何で俺が、隊長に触れると駄目なんだ?」
岩瀬が切羽詰った様子で、加藤に詰め寄る。
それをサラリとかわして、加藤は…

「…この女性が狙っているのが、隊長だけではないからです…」
「つまり、岩瀬もターゲットだと…?」
「多分そうだと…。」
加藤はチラッと眠る石川と目の前にいる岩瀬を見比べる。

そして―
「なので、心配なのは解りますが、補佐官はあまり近づかないで下さい。」
と、申し訳なさそうにだが、ハッキリと岩瀬に忠告する。
そう宣言された岩瀬は、眠る石川に不安そうな視線を投げかける…
本当はココにいる誰よりも、心配しているのに。
近くに行くことも許されないとは…。

そんな岩瀬を三人は痛ましそうに見るが… 誰も、なす術はなかった。

そこで、西脇が加藤を見て、
「この状況を、何とかできるのか?」
「…なんとも…かと言って、このまま。と言う訳にも出来ませんけどね…」
「どうすればいい!?」
「……」
ハッキリとした答えを避け、加藤は岩瀬をジッと見た―

「補佐官…隊長はこうなる前に、何か言ってませんでしたか?」
「…?」
岩瀬は暫し、考え込み…
「確か、木蓮がどうとか…」
「木蓮?」
「この前、県境で大きな白木蓮を見たんだ… それから隊長の様子が…」
「木蓮…ですか… それ以外は?」
「…何かに追われている女性…としか…」
「女性ですか…。だとすると…」
「隊長はそこで、その女に取り付かれたのか…?」
「多分、そうだと…」
「あれから随分経ってるけど?」
「そうですね… 普段であれば、隊長はそう云ったモノをはじき返すことが出来る人なんですが…」
そこで難しい顔をする加藤に視線が集まる。

「それはどう云う事だ?」
「つまり…死者より生者の方が強いんですよ。なにもかも。でないと皆さん憑かれまくりですから。」
「そう言われると…そうなんだが…」
「特に隊長の様に意思のはっきりとしている方は憑かれ難いんです。」
「「「?」」」
「自我が強いので。他者の介入が難しいのです。」
「あぁ…」
「ですが…」
「なんだ?」
「一度崩れると、危険なのも事実ですね。」
「そうなのか?」
「えぇ…。強くて脆い…。憑かれ難い。という事は…」
「という事は?」
「離しにくい。という事でもあるんです。」
「!!…」


そこで、加藤は暫し考え込む。
そして、再び岩瀬に向きなおし―

「補佐官… その、隊長は悩んでいる事などありませんでしたか?」
「悩み…?」
「えぇ…。そういった事で弱くなっていたのかもしれませんので…」
「…特になにも…」
「そうですか… では、体調がよくなかった。とかは?」
「最近、忙しかったから… 好調とまでは云わなくても、激しく体調を崩してはなかった。」
「そうですか…。だとすると…」
「加藤?」
「…難しいですね…」
ポツリと呟いた一言が、重くのしかかる―



   **  **  **  **



取り合えず、石川は体調不良。という事で急遽休みにし。
岩瀬、西脇、アレクは仕事へと向かった。

ここでも、ひと悶着があったのだが−

「こういった時ほど、貴方がたの重要性が問われるのでしょう?」
と言う橋爪の一言で、渋々ではあるが岩瀬が隊長代行。という形になったのである。

加藤は「少し調べ物をしたいのですが。」といって此方も急遽休みにし、
そのまま何処かへと消えていった。

岩瀬がメディカルルームを出る時―
橋爪がそっと囁いた。

「大丈夫ですよ。石川さんは直ぐに眼を覚まします。貴方が待っているのだから…」
「…ありがとうDr…石川さんを…悠さんをお願いします。」
「あぁ。じゃあ、石川さんに恥じないように勤めて来い。」
「…はい…」
「岩瀬ー!行くよー!」
「あぁ! Dr…何かあったらすぐに連絡を…」
岩瀬の切実な願いに橋爪はコクリと頷き。心配するなと笑顔を見せた。
そんな橋爪に一つ頭を下げて岩瀬はアレクの元へと走っていった。

岩瀬の後姿を見送った橋爪は―ベットで眠る石川の姿を見つめ…

「石川さん… 早く目覚めてください…」
切なる思いを言葉にした。



   **  **  **  **



眠り続ける石川は未だ夢の中にいた―

「…この夢はずーっと同じ事の繰り返し。か…」
石川の目の前では、ここ数日見ていた夢と同じ内容が繰り返されている。

そして、決まって女は泣きながら木蓮の前で佇むだけ―であった…

「あの…貴方は誰かを待っているのですか…?」
何度目かの石川の質問に女がゆっくりと振り向く。
そして、初めて石川と目が会った。

只、涙を流す静かな瞳は石川を映していても何処か遠くを見ているようだった―

「あの…貴方の名前は…?」
「…静音…」
石川は女が答えると思っていなかったので、正直その返事に驚いた。
女は石川の質問に答えはするものの、やはり瞳は何も映していない…

「静音さん…?貴方は誰を待っているんですか?」
「…あの人を…」
「あの人?」
石川は残っていた男物の片袖を思い出す。

「…あの木蓮の前で待ち合わせていたんですか?」
「…ずっと…ずーっと待っているのに…なのに…何故?あの人は…」
「静音さん!?」
女は突然感情を露にし始めた―

「只!一緒に居たかっただけなのに…!!何で!?何で誰も解ってくれないの?」
「……」
「身分が何?それが何の価値があるの?一緒に居られるだけで十分だったのに!!」
「静音さん!!」
「何であの人は来ないの!?…私の事なんか忘れたの!?それとも、もうどうでもいいの!?」
「静音さん!!」
「…いくら待ってもあの人は来ない…」
先ほどまでの激昂が嘘のように急に静かになった女は―

「もう、一人で待つのは嫌なの…だから、貴方も一緒に待ちましょう?」

と。暗い瞳で石川を見て、ニコリと笑った…



  
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