木蓮夜話Bへ。

5000Hit お礼SS

- 木蓮夜話 - A



― 只、それだけなのに… ―



**  **  **  **  **  **


「…ですよね?悠さん …悠さん…?」
岩瀬は話の最中なのに、相づちも打たない石川を不審に思い、隣を見ると…
うつらうつら…としている石川がいた―

『…まぁ、今日も一日、忙しかったし…』
この所、大きな事件はないが、日常の雑多な用事に忙殺されていた。
それに…

この前の休日から、石川の様子がおかしい…
常に寝不足の様で、フラフラしている… 十分に睡眠時間を取っている。というのに…
特に仕事が終わり、部屋に帰ると直ぐにベットの住人と化してしまう―
今日は久々に石川が「話がしたい」と言ってきたため、他愛ない会話をしていたのだが…
やはり、既に寝入ってしまっている。
そんな石川の体をベットに横たえ、少し青ざめている顔に不安を覚える。

『…どこか体の調子が悪いのだろうか…? Drに聞くべきか…?』
岩瀬が一人で思い悩んでいる頃―
隣で眠る石川は。
最近では当たり前になっている“夢”を見ていた―



     **   **   **   **



またこの夢だ―


相変わらず、夢の中の石川は何かから必死で逃げている。
そして、何度見ても、同じ結末―
解っていても、何も出来ない… 悲しい結果。

そこに倒れている女の上には只、白い花が降り注ぐだけ…


ふと、自分が倒れている女の目線から外れていることに気付く。

『…あぁ…あの女性の夢を見ていたのか… 夢…なのか?』

不思議に思っていると―

いつの間にか、倒れていた女が木蓮の下で泣いている…

『…この女性(ひと)は… 自分が亡くなったことに気付いてないのか…?』

明らかに“致命傷”と思われる胸の傷は未だに塞がることなく、女の衣装を赤く染めているのに―
只、目の前の白い花を見て泣いている女はピクリとも動かない。
石川は思わず話しかけてしまう。

『…あの… 俺にどうして欲しいのですか?』

目の前の女が何度も見せる“夢”―
自分に“何か”を伝えたいのであろうか…? そんな事を思っていたのだ。
でなければ、意味がない。

石川の問い掛けに全く反応せず。 女は只、花咲く樹を見るばかりで―
そんな女に、石川はもう一度問いかけた。

『あの… 貴女は…何故ココに?』

其の質問に女はゆっくりと振り向き… 何かを囁く。
その声はとても小さくて… 石川にまで届かない―
石川は聞き取ろうとするが。 そんな石川に興味を失ったのか…
女は再び、木蓮を見入って… 石川を見ることはなかった―



     **   **   **   **



「悠さん…! 悠さん!!」
石川は岩瀬に揺り起こされたようだった―

ゆっくりと目を開けた石川に、岩瀬は安堵の表情で抱きしめる。

「よかった…!」
「…基寿…?」
「悠さん、眠っていたのに突然泣き出したから… 嫌な夢でも見ましたか?」
「…嫌な夢…か… 少し違うかな…」
「?」
「…最近、同じ夢を何度も見るんだ…」
「それはどんな?」
「…何かに追われている女性なんだが…」
そこで口を噤む石川に、岩瀬は続きを促すが―
フルフルと頭を振り、石川は 「…いや…いいよ…」 と。

「悠さん!?」
「…俺も、よく解らないんだ…」
「……」
「ゴメン… もう眠い…」
そう言って、石川の瞳は再び閉じられた。
今度は穏やかな寝息と共に―


岩瀬は腕の中で眠る石川を見つめ―
「…これは… どうすれば…?」

腕の中の恋人からは、今朝よりも木蓮の香りが強くなっていた…



     **   **   **   **



翌日―

何とか起き上がった石川と、『休みましょう!』と言い張る岩瀬の間で口論が繰り広げられたが…
結局は石川が聞く耳を持たず、出勤することになった。

朝の食堂はいつもと同じく、賑やかだ。
そんな喧騒の中。 
石川は食事を取ろうと、食堂に行くところであった。

そんな石川と岩瀬に… 爆班の加藤が驚いた表情で近づいてくる。


「隊長!!」
「…どうした?加藤」
「…その… 大丈夫ですか?」
「なにがだ?」
「…顔色が…」
「あぁ…大丈夫だよ…」
「ですが…」

そう言って、加藤が石川に触れようとしたその瞬間―


  バチッ 


加藤が触れようとした処から、静電気が走る。
そして― 石川はゆっくりと倒れていった…


― まだ… まだ駄目よ ―


薄れゆく、意識の中。石川は頭の中で響いた女の声を聞いた。

『…貴女は…』

そして、倒れ行く石川と岩瀬は一瞬だけ眼が合う。

「…基寿…」
声にならない呟きを読み取った岩瀬は―

「隊長!!」
石川を必死で呼んで、抱きかかえ様とした― が。
加藤の鋭い声で、制止される。

「ダメです!!」
「加藤?」
「補佐官は触らないで下さい!」
「なんで!!」
「貴方も引きずられます!!…お願いですから…!!」
「…それは如何言う事だ…!?」
その質問には答えず。加藤は偶々、近くを通っていたアレクを呼び止める。

「アレクさん!すみませんが、隊長をメディカルルームへ!!」
「へ?何が…?」
「いいから!早く!!」
「は、はい!」

加藤の気迫に押され、思わず返事をして、近寄ってきたアレクは。

「隊長!?…岩瀬…?加藤…」
事の事態を理解できないが、緊急事態だという事だけは解った―

そして、加藤は岩瀬を見て
「補佐官!Drに連絡をお願いします。事情はそちらで。」
「あぁ…」
「補佐官… しっかりしてください…」
「加藤…お前…」
「兎に角。隊長をこのままにはしておけませんから」
「そうだな…」

岩瀬は訳が解らないまま。
アレクの腕の中に眠る石川をメディカルルームへと運んだ―



     **   **   **   **



石川が運ばれたメディカルルームで。
岩瀬・西脇・橋爪・加藤・アレクの5人が難しい表情で並んでいた。
 

横たわる石川と同じぐらい顔色の悪い岩瀬が橋爪に問いかける…
「Dr…隊長は…?」
「えぇ…、特に目立ったところはないんですが…ただ、少し衰弱してますね…」
「じゃあ…」
「えぇ。今のところ、大丈夫でしょう…」
橋爪の一言で、一同はホッとする。

「一体、どういう事なんだ?」
西脇は岩瀬と加藤を見て、問いかける。 
が…岩瀬は只、首を振り 「…解りません…」 と。

「…加藤?これは一体…?」
「…えぇ…言っても、信じてくれないかもしれませんが…」
「事情も解らないままでは、判断の仕様がないしな…。構わないから話してくれ。」
「はい…。その…隊長の背後に…」
そこで、加藤は一旦区切り。 決心したように皆を見回した。


「隊長の背後に、女性が… 正確には女性の霊がいます。」


加藤の爆弾発言に一同は言葉を失う。





                   ←back            next→