「基寿」
部屋でベッドに横になりながら寛いでいた悠さんは、風呂から上がって来た岩瀬におもむろに声を掛けた。
「何ですか?」
「こっちに来い」
「はい?」
珍しくも岩瀬を呼び寄せて、ベッドに上がり隣に来いと手招きをする。
「何でしょう?」
呼びつけたものの、ベッドに横たわったままの石川は何も言わない。
「悠さん?どうし・・・????」
石川を覗き込むように身体を屈めた岩瀬は、そのまま腕を引っ張られた。
「悠さん?」
覗きこむ石川の表情はいつもと変わらず綺麗で、岩瀬はドキッとする。
「・・・・したいか?」
「はい?何ですか?」
岩瀬は一瞬聞き取れなかった。そして、表情を変えないまま石川は言う。
「キスしたいか?」
「え?」
驚いてとっさに聞き返したのが悪かったのか、石川はムッとした表情を浮かべる。
「はる・・・???」
「キスしたいのか、したくないのか聞いている」
「え?あっ!!したいです!!」
「したいのか・・・・」
「はい」
石川の質問は突飛で驚いたけれども、お誘いは受けておかないとと思う岩瀬だった。
なのに、石川の返事はそっけない。
「ふ〜ん」
「??悠さん?キスしちゃいけないんですか?」
「したいのか?」
もう一度同じ質問を繰り返す。
「したいです♪」
今度は即答した岩瀬だったが、やっぱり石川の答えはそっけない。
「ふ〜ん」
「ふ〜んって・・・何なんです????」
岩瀬は、石川の綺麗な顔を覗き込んで見るが、その真意は測れない。
「じゃ、やれ」
「はい?」
「キスしたいんだろう?」
「はぁ・・・・・」
なんだかなっと岩瀬は思う。
このムードもそっけもなく、甘い雰囲気とは無縁の中でキスするなんてと思ってしまう。
「おい、さっさとしろ」
まるで、義務でしてるかのような物言いに、岩瀬はがっくりため息をついてしまう。
「お前、今ため息をついたろう!!したくないならしなくていいぞ」
明らかに岩瀬の態度にムッとしたらしい石川は、眉間に皺を寄せてむっつりして言う。
「いや、します!!」
「じゃ、やれ」
(やれって・・・・・(泣))
「えっと・・・悠さん?」
「何だ?」
キスをしようとした岩瀬は、ぱっちり開いてる石川の目と目が合った。
「あの・・・目、閉じてもらえませんか?」
「何で?」
「や、いくら俺でも恥ずかしい・・・かな・・・・/////」
「うるさいな」
「・・・・・・・」
(我がままだな・・・・・)
石川は渋々目を閉じてキスを待った。
岩瀬は、何だか分からないままに、石川に触れるだけの優しいキスをした。
なのに、石川の求めるキスはそうじゃなかったらしく、唇を離したらムッとした顔と目が合った。
「悠さん???」
「ちゃんとしろ!!」
「はい!!」
(何だかな・・・・・(泣))
岩瀬は、石川の態度に困り果てながらも、今度はその甘い唇を思う存分味わった。
唇を離し息も上がり薄っすら薔薇色に染まった頬と、潤んだ瞳で見上げられると岩瀬の心臓を直撃した。
その身体を優しく抱きしめて、艶っぽく囁く。
「悠さん・・・」
甘い呼びかけに、石川の反応はない。
「ん???悠さん???」
石川を覗き込むと、いつの間にかすやすやと寝息が聞こえる。
「はい???」
散々岩瀬を煽った石川は、岩瀬の腕の中ですっかり上機嫌で夢の中だった。
岩瀬は、ベッドサイドのテーブルの上を見て、はぁぁっとため息を漏らした。
そこに乗っていたのは、まぎれもなくビールの缶の山だった。
「いつの間にこんなに沢山・・・・・」
今日は、石川の誕生日だった。
アレクを筆頭にお祭り好きの隊員は、隊長のためにサプライズパーティーを企画した。
当然、無礼講でお酒が振舞われ、あわや隊長の癖みんなに露見のところをすんでのところで岩瀬が奪い返した。
どうやら、それが気に入らなかったらしい。
楽しい誕生日会だったのに、気持ちよく酔っ払ってふわふわして楽しかったのだ。
なのに、半ば強制的に寮に連れ来られて、面白くなっかった石川は反撃を思いついた。
岩瀬の風呂の間に、酔えるだけ酔っておけ。
そして、酔っ払った後は、覚えていない。
自分が岩瀬を煽ってしまったなどとは、夢にも思わない。
夢の出来事のような感じで、キスは気持ちよかったなと、暢気に思っている石川だった。
散々煽られた岩瀬は煩悩を捨てるべく、トレーニングに勤しんだことは言うまでもない。