- 心を偽らないで -
未沙樹【KING'S VALLEY】 04.23 UP

定例の班長会議を終えそれぞれが持ち場に帰って行った後、
西脇は石川を呼び止め話があると切り出した。


そこに岩瀬が居たとしても何ら問題ではないのだが、訓練校時代に関わる話だと判り、
誰に言われるでもなく、岩瀬は自ら遠慮し、外で待っていますねと笑顔を残し部屋を後にした。
とは云っても、別に何処かへ行くと云う訳ではない。
入り口脇で二人が出てくるのを待つのでだ。
丁度そんな時であった、一人の女性が岩瀬の元へ歩み寄り手紙を差し出したのである。


「・・・・・ずっと好きだったんです。だらか、せめそのて気持ちを伝えたいと思って・・・」


そんな言葉が聞こえてきたのは、ある程度話が進み会議室を出ようとした時であった。
漏れ聞こえる言葉に石川と西脇は顔を見合わせ、もう少し様子を見てからと思わないでもなかったのだが、
石川がいたたまれないような表情を見せた為、西脇が一瞬躊躇したものの思い切って扉を開いたのである。

「あっ、話は終わったんですか?」
「ああ、待たせたな」
「隊長、後は予定通りに動いて下さい。俺は持ち場に戻ります。岩瀬、後頼むぞ」
「はい、任せて下さい」
開らかれた扉に振り返りそう問い掛けてくる岩瀬に、二人はそれぞれに応え、岩瀬の前に立つ女性へと視線を向けていく。
「岩瀬、この方は?」
「えっ、あっと・・・」
「卯月皐です。それじゃ私はこれで、お仕事頑張って下さいね」
石川の問いにそれだけ答えると、卯月皐と名乗った女性は踵を返し石川達の前から姿を消したのである。

「彼女は確か環境省に務めている人だな。いったい何の用だったんだ?」
そんな事聞くまでもないだろうとは思いつつ、西脇は意地の悪い笑みを浮かべながら岩瀬にそんな問いかけをする。
「何って・・・手紙を預かっただけですよ」
「手紙?ラブレターか?」
「それは・・・」
歯に衣着せぬ物言いでそう応える西脇に、岩瀬は思わず口籠もってしまう。
別に後ろめたい事は何一つないのだが、
さっきから黙って見つめてくる石川の視線に只ならぬ雰囲気を感じる所為でもあった。

石川にしてみれば、岩瀬が誰に思いを寄せられようと構わない。
どんなに思いを寄せられようと、石川だけを思っていると云う言葉を信じている。
信じては居るが、はやりはっきりと否定して貰いたいと云う気持ちがある。

「お前が貰ったのなら、読むのは部屋に帰ってからにしろ。
 午後からの会議前にやっておかないといけない事がある、行くぞ」
「はい」

怒って良いのか、落ち込んで良いのか、今ひとつすっきりしない気持ちがある事にはある。
しかしあえてその事には触れず、石川は仕事に没頭する事にしたのだ。
うだうだ考えていたところで岩瀬が何も云わなければ始まらないし、
岩瀬を信じると決めている以上、その気持ちを偽らない為にも、今は任務を遂行する時だと、
石川は自分に言い聞かせたのである。

ある種の決意を固めたように歩みを進める石川に続き、
岩瀬は何時もの定位置へ立ちながら、こちらもどうして良いか判らないと云った表情を見せていた。

「全く、似たもの同士だな・・・」
すっきりする為には今此処ではっきりさせるのが一番である。
それをあえてしなかったのは、
もし本当に彼女からのラブレターだと判った時―
仕事に支障をきたすと感じたからだと西脇は気付いたのである。

「あの岩瀬の様子だと告白されたって感じじゃなさそうだし・・・
 仕方がない、とりあえず卯月皐の同行でも探るとするか」
二人の間がギクシャクすれば、それは直ぐ隊に影響を与えてしまう。
黙って事の成り行きを見守ると云うのも一つの手ではある。だが、もうすぐ石川の誕生日がやってくる。
本人は相も変わらず忘れてしまっているようだが、岩瀬はそうではない。
ギクシャクしたままその日を迎えたくはないだろう。

「やれやれ、手の掛かる二人だな」
口では迷惑だと云いながらも、面倒見の良い西脇はその実こっそり楽しんでいる。
その事に気付いているのは、西脇の恋人である橋爪だけであろう。



   ***



幾ら忘れようとしても、岩瀬が手紙を預かったと云う事実が頭から離れず、
仕事中である事もつい忘れ思い煩っている自分に気付く。
そうなるとどうしても後ろに立つ岩瀬の存在が気になりだしてくる。
岩瀬は本当に気持ちをストレートに表現する人で、恥も外聞もなく照れ臭い台詞をサラッと流す。
その姿を垣間見る度に、石川と知り合う前の岩瀬はもっともてていたんだろうなと云う考えが広がってくる。

「・・・長、隊長。どうしたんです?気分でも悪いんですか?」
そう心配そうに声を掛けて来たのは、今の元凶を作っている岩瀬であった。
「あっ、岩瀬・・・大丈夫だ、何でもないよ。ただボッとしていただけだから」
「ボッとって・・・もし具合が悪いんなら医務室へ行きましょう」
「心配する事は何もないよ。それにもうすぐ上がりだしな」
定例会議終了後西脇と話をし、件の件を目撃した後、気も漫ろであったが何とか任務をこなしてきた。
だが部屋へ戻った後どんな表情をすれば良いのだろうと考えている内、らしからぬ事態を起こしたのである。
「それなら良いんですけど・・・」
まだ何か言い足そうな岩瀬を制し、石川は巡回する為に席を立った。
石川があくまで何もないと主張するならば、それを尊重するしか道はなく、
岩瀬はただ黙ってその後ろに付き従って行く。

「なあ岩瀬」
「はい、何ですか」
「この後仕事が終わったら・・・部屋に戻ったら話してくれるか?」
「あのそれは・・・」
「嫌なら無理にとは言わないけど・・・」
「はい・・・判りました」
おそらく岩瀬自身手紙の内容を判っていない。
何故なら、手紙を受け取った後、中身を確認している時間が全くなかったからである。
もう少し動揺してくれれば少し気が楽になったかもしれないのに、まるで心を偽ってでもいるかのように、
岩瀬には何の変化も見られない。ただ石川の言葉に頷き返すばかりであった。

こうして仕事を終え部屋に戻ってからも、何処かしら重い空気が満ちてくる。
取り敢えず何時も通りバスの用意をし、石川がバスを使っている間に岩瀬は西脇の無線を鳴らしたのである。

『はい、西脇』
「岩瀬です。すみません仕事中に、少し良いですか?」
『ああ、昼間の手紙の件だろ?』
「はい。西脇さんなら彼女の事を調べると思って・・・」
『まあな』
石川を守ると云う事に関して全権を岩瀬に委ねたとは云っても、西脇は常に石川の事を気に掛けているのだ。
そんな西脇が今回の事を目撃して放置するとも思えず、
岩瀬は西脇に連絡を入れ、その考えが間違いではなかった事を改めて悟る。
『で、石川は今バスか?』
「はい。後で話を聞かせて欲しいって云われてます」
『そうか・・・結論から云っておく。何の懸念もない、だから安心して読んでみろ』
「そうですか、判りました。西脇さん、すみませんでした」
『気にするな、別にお前の為にやった訳じゃないからな』
「はい・・・」

全ては石川の為、強いては隊の為だと、常に気遣いを見せる西脇のその言葉を信じ、
岩瀬は預かった手紙を二人で開封する事にしたのである。
それは石川に対する気持ちに一片の曇りも無い事を示したいと感じたからでもあった。
西脇と無線で話し終えて暫くした後、石川は些かならず不安を抱えた表情でバスから出てきた。
そんな石川に優しく微笑み、直ぐに出てきますから待ってて下さいと言い残し、
今度は岩瀬がバスルームへと消えていった。

いっそ岩瀬がバスを使っている間に手紙を読んでしまおうかとも考えたのだが、
そんな事をすれば岩瀬の事を信じていないと云う事に繋がるような気がして、
石川はただじっと岩瀬が出てくるのを待っていた。

バスから上がってきた岩瀬の目に映ったのは、ベットの上で膝を抱える石川の姿であった。
その姿は今にも消え入りそうで、500人からなる隊員達を纏めている人物には見えない。
けれどこうした姿を晒してくれるのは、それは自分に対する信頼と深い愛情があるからだと岩瀬は思う。

「悠さん。待たせてすみません。寒くないですか?」
「いや、大丈夫だ。それより・・・」
「はい。ちゃんとお話しますね」
「ああ」
「実はまだ読んでないんですよ」
「えっ、読んでないって・・・」
「預かった手紙は二通。俺宛と、後は悠さん宛です」
岩瀬はそう云うと、二通の手紙を石川の前に示したのである。
確かにその封筒には岩瀬の名が書かれたものと、石川の名がかかれている。
石川は目の前に置かれた二通の手紙から岩瀬の顔へと視線を移し、訳が判らないと首を傾げてくる。
その姿が何とも可愛くて、抱きしめたくなる衝動を辛うじて抑え、岩瀬は昼間の出来事を語り始めるのであった。

「何時も隊員の動向に目を光らせながら館内を颯爽と巡り、
 議員や国会関係者の安全を確保してくれている悠さんへの感謝と、
 そんな悠さんを守る俺を見るのがずっと好きだったって。だからその思いを手紙にしたって云ったんです」
「それじゃあ・・・」
「ええ、きっと感謝の気持ちを綴ってくれているんだと思います」

それはさっき無線で確認した西脇の言葉から判っている。
けれど昼間のあの時点ではどう云った内容が書かれているのか判断しかね、曖昧な返答となったのだ。
それに渡された手紙が二通であった為、片方に愛情を語る文字が綴られていたらと、
岩瀬自身不安を抱えていたのだと、岩瀬は苦笑混じりにそう告白したのである。

「それじゃあいらぬ心配をしたって事か?」
「そうなりますね」
何ともバツが悪そうに云う石川に笑顔で応え、岩瀬は自分宛の手紙をまず開いたのである。
そこには国会を守る隊の要である石川を支え守っている姿はとても頼もしく、
自分達も安心できるのだとの感謝の気持ちが綴られていた。
二人で居る姿はとても素敵で、凄く絵になっている。だからずっと石川さんを守って下さいねと締めくくられていた。

「これは・・・」
「また凄い味方が増えましたね」
「そうだな・・・」
「悠さん宛のは何が書かれているんでしょう?」
「開けてみよう」
岩瀬宛の手紙に心を和ませた二人は、今度は石川宛に綴られた手紙を開いたのである。
そこには岩瀬宛と同じようなないようと、お誕生日おめでとうございますとの言葉と、
環境省職員有志からのバースデーカードが同封されていたのである。
そのカードを前に、言葉を無くし瞳を潤ませて行く石川をそっと抱きしめ、
岩瀬は良かったですねと、優しく囁いたのであった。

思わず目が惹かれる容姿とは別に、個性豊かな隊員達を纏め上げているカリスマ性と統率性を持つ石川。
皆から尊敬され、頼りにされているこの光が消えてしまわぬよう、ずっと守り通そうと岩瀬は新たに誓うのであった。

「これから先もずっと傍にいます。だから一緒にお祝いしましょうね」

感極まる石川をその腕に抱きしめながら―――