- ETERNAL TIE LOVE -
未沙樹【KING'S VALLEY】 04.25UP

ここ最近ろくな休みもなく、些か疲れが溜まっている事が旗から見ていて良く判る。
石川の先代に当たる城は違っていたが、
それまでの教官(現在は隊長)達は皆中央管理室に陣取り、指示を出していたのだ。
それでは上下の隔たりが激し過ぎると、隊を組まなく歩くようになったのが城教官であった。

そんな城教官の遣り方を受け継いだ石川は、
隊内で一番駆け回っていると云っても過言ではないであろう。
それは副隊長たる笹井が来てからも変わりなく、忙しい日々を送っている。
もっとも笹井が来る前に比べれば些か楽にはなっているのも事実。
だが、新人を迎え入れたばかりの今はそうも云ってられない。
やれどこそこでトラブルが起こったと呼び出され、
不審物が送られてきたと聞けば確認する為に足を運ぶ。
極めつけは新人にいちゃもんをつけて石川を呼び出そうとする議員の存在である。

「大分お疲れだな」
「西脇か・・・そうでもないよ」
「そんな姿をして云っても説得力はないな」
周りに誰もいない気安さか、西脇は隊長と外警班長としてではなく、
同期の気安さでそんな言葉を掛けてくる。
と云うのも少しは気を楽にさせてやりたいと云う西脇なりの気遣いでもあるのだ。

「そんなに酷いか?」
「ああ、館内を巡回してる時や、隊員達を前にしたら隠されてるけどな、判る奴には判るだろう」
「そうか?」
「Drが見たら即連行されるぞ」
「そこまで憔悴していないよ」
「そう思ってるのはお前だけだ。で、番犬はどうしたんだ?」
こんなに疲れた様子を見せる石川を残し岩瀬が姿を消すなどあり得ない事だ。
けれど、現実に休憩室で過ごしているのは石川一人。
石川に懸想している隊員が居る事を知りながら、
この状態の石川を放置している岩瀬に対し、西脇は苛立ちを覚えてくる。
もし西脇がここへ足を運ばなければどうするつもりだったのか、
静かな怒りを見せる西脇に珍しく気付いたのか、石川はクスリと小さく笑うのであった。

「岩瀬はドリンクを買いに行ってるよ」
「ドリンク?」
「ああ、W館にしかないからな」
それは最近石川が気に入っている栄養ドリンクである。
此処にも栄養ドリンクと呼べる物が置いてあるが、どうも好きになれるものではない。
なれば一緒にW館まで行けば良いと云いたいところであるが、
今は少しでも石川を休ませてやりたいと考えたのだろう。

「だからって一人にさせるか?その間に襲われたらどうするんだ?」
「大丈夫だよ、お前が来るのを確かめてから出て行ったんだしな」
神出鬼没な西脇であるが、ある程度の行動パターンがある。
一番多いのがDrのところで珈琲のお相伴にあずかると云う事なのだが、この時間大抵此処へ休憩しに来る。
それもあって、岩瀬はこの休憩場所を選んでいたのだ。

「あいつに読まれてるってのが気に入らないな」
「まあそう云うなよ。もし来ないようなら無線で呼び出してから出ますって云ってたんだ。
 自信満々って訳はないさ」
「俺を呼び出すって?生意気な奴だ」
如何にも不愉快だと云うように、西脇は眉根を寄せている。
「それだけ信頼してるんだよ」
岩瀬が石川を託せると感じているのは、同期であり親友のアレクと、
石川の同期であり親友でもあるこの西脇だけなのだ。
他の隊員を疑ったり、頼りないと思ったりしている訳ではない。皆それぞれ優秀で信頼もしている。
だが、何の気兼ねも懸念もなく託せるのがアレクと西脇と云う訳である。
現に岩瀬が現れるまで西脇がずっと支え守ってきた。
その役目を岩瀬に譲った後も、岩瀬は何かと西脇を頼りにしてきたのだ。
頼られて嫌だと思う人間はそう居ないだろう。ましてや嫉妬してますと顔に書きながら聞いてくるのだから。

「そう云う事にしときましょ。でもあまり無理するなよ?倒れたらそれこそ外野が五月蠅いからな」
「判ってるよ」
「で、何でそんなに眠れないんだ?」
「えっ?」
「余り眠れてないって感じだ。岩瀬が寝かせてくれないのか?」
「バッ///何云ってんだ」
「違うのか?」
「違うよ、むしろ気を遣ってるって感じだ」
「ふ〜ん。なら強請ってみたら?」
「強請るって・・・」
「精神安定させて貰えって事。たまには素直になれよ」
無理をしているのは痛い程判る。それはDrも同じで、気が気じゃない。
そればかりかどうにも気に掛かり、西脇の言葉も上の空になっているらしい。
石川に元気を取り戻して貰わない事にはDrが相手にしてくれない。
つまり西脇の方も欲求不満に陥ると云う事である。

「岩瀬は喜ぶと思うぜ。丁度誕生日なんだし、プレゼントとして強請れば問題ないだろ」
「えっ、誕生日って・・・」
「やっぱり忘れてたか・・・岩瀬の事だからちゃんとプレゼントを用意してるだろう。
 そのお礼も兼ねて甘えてみろ。思いっきり耳としっぽが垂れ下がった大型犬が見られるぞ」
その時の様子を思い描いているのか、西脇は楽しそうにそんな言葉を口にする。

「西脇・・・お前楽しんでるだろ?」
「はは、ばれたか」
冗談を言うように流しはするが、西脇なりに心配してくれている事が判る。
やがて戻ってきた岩瀬の手には、石川の為のドリンクと西脇が好きな珈琲が握られていた。
番犬も戻った事だし俺も仕事に戻ると云う西脇に対し、石川は笑顔で礼を述べるのであった。


***


『たまにはお前から甘えてみろ』

仕事を終え、何時ものように岩瀬が用意してくれたバスに浸かる石川の脳裏に、
昼間話したそんな西脇の言葉が巡っていた。

-甘えてみろ-

と云われても、何時も甘えている自覚があるだけに、どう甘えろと云うのかとついつい考えてしまう。

(もしかして欲求不満だと思われたのか?)

ふと、石川の脳裏にそんな考えが過ぎる。
そしてここ暫くの様子を振り返ってみると、岩瀬の過剰とも思えるスキンシップが減っているのだ。
それもこれも一寸疲れたかなと思うようになってからの事。
きっと石川の身体を思い、疲れを癒してやろうと云う岩瀬の思いやりなのだろう。

(優しく抱きしめてくれるけど、軽いキス以外触れて来てないよな)

声に出して拒む事をしていなくとも、全身でそんな態度を示していたとしたら・・・・・

(身体の疲れって云うより、基寿不足だったのか・・・)

しっかり睡眠をとって、栄養のつく物を摂取しているにも関わらず、何かが足りないと思っていたのは、
そう云う事であったかと、妙に納得する石川であった。

(よし、明日は遅番だし、西脇の云う通り甘えてみよう)

そう思うと何故かうきうきとしてくる。
けれどその気持ちを悟られないように誘うにはどうしたものか。
そんな事を考えている時、ふと浮かんできた誕生日と云う言葉。
折角だからそれを利用しようと、わくわくしながらバスを上がる石川なのであった。

「悠さん、何か良い事でもありました?」
上機嫌でバスから上がった石川と入れ違いにバスへと向かう途中、
岩瀬は妙に楽しそうな石川にそんな言葉を投げ掛ける。

「いや、何もないよ。それより早く入ってこい。疲れが取れるぞ」
「はい、先に飲んでても良いですからね」
「大丈夫。待ってるからゆっくりしてこい」
「はい。それじゃあ待ってて下さいね」
自分の企みにうきうきしながら言葉を掛ける石川に、
ここしばらく見られた妙に疲れた様子がなくなっている事に気付き、
これまたにこやかに返しながら岩瀬はバスへと消えて行った。
岩瀬がバスを使っている間、石川はうきうきがずっと消えずにいた。
自分から誘うような事をする事は滅多にない。
それをした時の岩瀬の一寸驚いたような表情と
その後直ぐ見せる嬉しそうな表情を思うと、どうしても顔が緩んでくる。

「悠さん?そんなに良い事ありました?」
「どうして?」
「どうしてって・・・随分楽しそうに見えますから・・・」
疲れを凌駕するように石川の機嫌が上昇して来たのは、昼間西脇と話してからである。
誰にも気付かれないように溜息を零す石川に気付き、疲れ気味である事も判っているので、
岩瀬は石川が好きなドリンクを買いに行く事にしたのだ。
けれど石川を一人残して置く事はどうしても出来ない。
アレクでも呼び出そうかと考えなくもなかったが、
今アレクは試作品の改善をしている為とても抜け出せない。
そして浮かんだのが西脇であった。

丁度西脇が此処へ休憩に来る時間でもあるし、もし来なければ無線を鳴らして来て貰おうと考えたのだ。
他の事ならいざ知らず、石川に関する事であればすぐさま動く事を知っているからでもある。
そう思って無線に手を掛けようとした時西脇の姿を見つけ、岩瀬は石川を残し急ぎ買いに走ったのである。
そして西脇が好きな珈琲も忘れずに買い求め戻って来ると、楽しそうな石川がそこに居たのだ。
何か楽しい事でもあったのかと尋ねて見ても、特にないと返してくる。
その姿に岩瀬は少なからず嫉妬心が浮かび上がってくる事を抑えられずにいる。

「何でもないよ。そんな表情するなって」
くすくすと笑いながらも石川は岩瀬を見つめてくる。
その笑顔がとても素敵で、岩瀬は思わず見つめずには居られない。

「なあ、基寿。明日は何の日か知ってる?」
「知ってるに決まってるじゃないですか。って、悠さん覚えていたんですか?」
「うん。って云いたいとこだけど忘れてた。で、欲しい物があるんだけど・・・」
そう云う石川は実に可愛く微笑んでくる。
まるで誘うかのように妖艶に微笑むその唇から目が離せなくなり、岩瀬はそっと石川を抱き寄せる。

「悠さん、そんな風に微笑まれたら抑えが効かなくなりますよ?」
「うん。抑えなくて良い」
「悠さん?嘘って云っても聞きませんよ?」
思いがけない言葉を聞き、岩瀬は思わず石川を見つめてくる。
一寸驚きながらも嬉しそうな岩瀬の表情を見て、石川もまた嬉しそうに微笑み返す。

「うん。判ってる。明日は遅番だしな」
それが全てだと云いたげに微笑みながら目を瞑る石川により一層愛おしさが募り、
岩瀬は抱きしめる腕に力を込めながらその唇に自分の唇を軽く触れさせた。

「俺へのプレゼントはそれだけ?」
軽く触れ合うキスだけでは足りないと云うように、石川は艶やかに微笑んでくる。
その表情を見せられて抑えられる者が居よう筈もなく、岩瀬はより深い口づけを交わしていく。

「悠さん・・・愛してます・・・」
「うん、知ってる。これからも傍にいてくれな?」
「はい、ずっと、ずっと傍にいます」

思わぬプレゼントを強請られた岩瀬は、これ以上ないと云うくらい満面の笑顔を浮かべ、
強請られるまま蕩けるような口づけを石川に送ったのである。


こうして過ぎた石川の誕生日の翌日。
昨日までの疲れが嘘のように、石川の顔には溢れんばかりの笑顔が浮かんでいた事は云うまでもない。