【そして今も】
秋の国会審議も終わり一息吐いた頃、岩瀬とアレクは久しぶりに二人で呑もうと、気心の知れた行きつけの店に姿を見せていた。
「岩瀬、どったの?」
「何が」
「何がって・・・呑もうって誘ってきた割には沈んでるでしょ?もしかして石川さんが一緒じゃないから?」
そんなに心配?と、アレクは親友の気さくさでそう問いかけてくる。
「別に心配はしてないよ、西脇さんが一緒だから・・・」
西脇と云う言葉を口にした岩瀬は、思わずと云うように盛大な溜息を吐いてしまう。
「なんだ、妬いてるんだ」
アレクはそんな岩瀬を見て、全て合点したと云うような笑みを浮かべながらそう告げてくる。
「別に妬いてなんか!」
「はいはい。妬いたってお前と西脇さんとじゃキャリヤも立場も違うもんな」
アレクの言葉にいきり立ちそうになる岩瀬を宥め、アレクは楽しそうにそう口にするのである。
「判ってはいるんだけどさ・・・」
「置いて行かれて寂しいんでしょ?」
そうじゃなかったら誘って来ないよなと、全てお見通しとばかりにアレクは云う。
「邪魔は出来ないよ。久しぶりに同期だけで飲みに行くって云うんだから」
幾ら同期で呑みに行くとは行っても、岩瀬が行くことを彼らは拒まない。けれど今回はさり気なく西脇に釘を刺されたのだ。
まあ簡単に云ってしまえば、Drが同席できないので、岩瀬だけ同席させるのが面白くなかったと云う事なのだ。
「ははは八つ当たりされたんだ?でもさ、お前石川さんが絡むと西脇さんの云う事は良く聞くよな」
「聞かないと後が怖い。って云うか、あの人は悠さんとの絆が深いからさ」
認めたくはないとは思いつつ、認めざる終えない絆が二人の間にはあるのだ。
それを踏まえた上で教えを請う事が多くなるから、正直敵に回したくない相手なのだと岩瀬は云う。
「でも西脇さんはお前を信用して、石川さんに拘わる事を全面的に移行したんだろ?少しは自信持てよ」
「判ってはいるけどさ」
「まあお前が不安になるのも判るよな、今日だって有無も言わせない感じだったし」
「そう、西脇さんと悠さんには俺とお前とは一寸違う友情関係があるからな」
「だよな・・・」
久しぶりにグラスを傾けながら、二人はそんな言葉とともに、今日の昼の出来事を思い返していく。
♦ ♦ ♦
「石川、久しぶりに同期だけで飲みに行かないか?」
休憩室に入った石川と岩瀬の姿を見掛けた西脇が、どこからともなく現れ、突然そう声を掛けてきたのである。
それに“隊長”と云う呼びかけではなく、あえて“石川”と呼ぶ辺り、公私をきっちり分ける西脇には珍しい事で、石川は驚いたような表情(かお)を見せている。
「いきなりだな」
「まあな、同期連中が揃って明日非番になるなんて滅多にない事だから、たまには親睦を深めるのも良いかもしれん。そう思ってな」
「確かにそうだが・・・」
「明日は非番でずっと居られるだろ、少しは付き合ったて悪くはないさ。岩瀬もそう思うだろ?」
石川が躊躇するその裏には決まって岩瀬がいる。その事を熟知している西脇は、牽制を掛ける意味も込めてそう告げてくる。
「そうですね。俺はアレクとでも行きますから、折角ですから石川さんは楽しんで来て下さい」
近頃の岩瀬はずいぶんと西脇の性格を理解してきているようで、今回のお誘いに付いてくるなと云う事が十分理解できる。
それにもし付いてきたらどうなるか判っているなと云わんばかりの眼でみられたら、反対など出来ようはずもない。
「でもDrはどうするんだ?一緒に行かないのか?」
「Drは紫茉さんと一緒に出かける事になってる」
「ああ、そうか」
たったそれだけの事で西脇が何を云いたいのか理解した石川は、笑顔を浮かべると同期だけで行く事に賛同したのである。
つまり、自分は寂しい思いをしているのに岩瀬が楽しい思いをするのが許せないと云う事を理解したのだ。
「で、他の連中は良いのか?」
「ああ、元はと云えば宇崎が云いだした事だしな」
「宇崎が?」
「そう、昔みたいに呑みたいってな」
訓練校を卒業しGDに入った後、あれよあれよと云う間に同期は皆重要なポジションに配されてた為、ゆっくりと呑みに行く機会があまり持てなかったのだ。
計画を立てたとしても同期だけと云う訳ではなく、誰かしらの恋人なり、仲間なりが参加してくる為、当時を思い至ると云う機会を逸していたのである。
「そうだな・・・岩瀬、悪いけど」
「大丈夫ですよ。さっき云ったみたいにアレクと呑みに行きますから」
もし明日非番じゃないと云うのなら違った反応も示すだろう。しかし、明日はのんびりと二人だけの時間を過ごすことが出来るのだ。
それを踏まえた上で誘いを掛けてくるあたり、やはり西脇は策士と云える。
例えその本心が幸せそうな二人を見ていたくないと云う、嫉妬から来るものであったとしても―――
「決まりだな。じゃあ後で詳細は連絡する」
西脇はそれだけ云うと、現れた時同様、石川と岩瀬の二人を休憩室に残しさっさと立ち去って行った。
そして定時に終えた西脇は、同じく定時に終えた石川を迎えに来ると、心配しなくてもちゃんと返すから借りていくぞと、
岩瀬に一言も云わせないうちに石川を連れ出かけて行ったのである。
♦ ♦ ♦
「それにしても石川さんと西脇さんって、アイコンタクトだけ云いたい事が良く判るよな?お前もそうだけどさ」
「俺はまだまだだよ・・・本当は今日だって違う用件があったんじゃないかって思う。悠さんはそんな言葉にしない西脇さんの言葉を理解して、承諾したんじゃないかな?」
本当は岩瀬と二人で外食し、そのまま外泊をしようと云う計画が持ち上がっていたのだ。
と云うのも、秋の国会審議が一触即発状態だった為、三週間ものあいだ休みが取れない日が続いたばかりか、残業まで続いていたからでもある。
岩瀬にとって極上な時間をくれようとしていた石川が、恋人の岩瀬よりも西脇をとったのだから、岩瀬の心中は穏やかであろう筈がない。
ただそれを表に出せないのは、一重に誘いを掛けてきたのが西脇だからと云う事。
これがもし宇崎やクロウであるならば、敵わないなりにもそれなりの対応をとる事が出来る岩瀬なのだ。
「お前は怒るかもしれないけど、ある意味恋人のお前以上に石川さんと西脇さんは解り合えてるよな」
一番大変な時期を協力して乗り越えて来たからなのか、単に西脇が世話好きで形振り構わぬ石川を見ていられなかったからなのか、
石川の心を岩瀬よりも理解しているように見える時が未だにあるとアレクは云う。
その事は傍観する立場にあるアレクさえ判るのだから、当事者である岩瀬もヒシヒシと感じているのだろう。
「そうなんだ。初めの頃は仕方がないって思う事も多かったけど、今でも敵わないって時がある」
だから余計落ち込むこともあるのだと岩瀬は云う。
「ロスに研修へ来た時もそうだったけど、西脇さんのガードは堅かったもんな」
あのグレイを牽制していたのは、他ならぬ西脇だったのだとアレクは云う。
その事はグレイが初めて日本へ研修へ来た時、西脇自身から聞いている為理解している。そして云われたのだ、あの時よりも警戒心が薄くなっていると。
「でもさ、今はお前を大事にしてるって思うよ。石川さん自身は自覚してないみたいだけどさ」
「無自覚だから困るんだよ。そんな悠さんが可愛くって、つい仕事忘れそうになるしさ」
「はは、それで良く西脇さんに蹴飛ばされたり、殴られたりしてるんだよな~」
仕事忘れるお前が悪いとアレクは笑う。
「判ってるよ・・・」
「そう云えばこの前もお前変な表情(かお)してたよな?何で?」
「あれは・・・」
♦ ♦ ♦
アレクが云うのは、丁度三日前の事。
このところ何か云いたそうでありながら、何ですかと訊ねると何でもないと俯いてしまう事が多くなっていた時の事である。
「あのな、岩瀬」
「はい、何ですか?」
「あの・・・」
「石川さん?」
「否、何でもない」
そんな会話が繰り返される度、何かしでかしただろうかと岩瀬は真剣に考えるのだが、どうにも思い当たる事がなく、
石川が口を開いてくれるまで待つしかないと少し寂しい思いで過ごしていたのだ。
そんなある日、二人で休憩を取っていると、またしてもひょこりと西脇が顔を出したのである。
「隊長、一寸良いですか」
「なんだ、西脇」
「そんな大した事じゃないんですけど、ちょっと失礼」
そう云うと何やら意味ありげな笑みを岩瀬に向けた後、ひょいと石川の肩を抱くようにしながら何事が耳打ちしたのである。
これを目の当たりにした岩瀬が硬直したのは云うまでもない。
けれど無碍に引き離す事も憚られ、成り行きを眺めていた岩瀬は、西脇に何事か囁かれた後、あれだけ悩んでいた様子の石川に笑顔が戻ったのを見て呆然としてしまったのだ。
今までにも岩瀬に相談したそうでいて、それが出来ない石川は何度も見ている。
その度に西脇が現れ、岩瀬に蹴りを一発入れた後、石川の悩みを解決して行くのを見ていたからだろうか、割って入る事が出来なかったのだ。
そんな二人を目の当たりにする度に、岩瀬は邪推したくなる時がある。
西脇にはDrが居て、石川は岩瀬を愛してくれている。そう信じていても、どうにもならない、やるせない気分に陥ってしまうのだ。
♦ ♦ ♦
「それでお前変な表情(かお)してたんだ?」
「俺にはどうにも出来ない事をあっさりやられたら、誰だって落ち込むって」
「う~~ん、確かにね。で、西脇さんは何て云ったの?」
ヤキモチを妬くしかないといった状況のまま放置する事が出来る岩瀬じゃない事を知っているアレクは、当然聞き出しただろうと確信を持ってそう訊ねて来る。
「それは・・・」
「何?もしかして聞いてないの?」
普段の岩瀬ならどんな手を使っても聞き出している筈である。それを言い淀んでいると云う事は、
そんなにショックな事だったのだろうかと、アレクは不安そうな表情(かお)を見せてくる。
「そんな表情(かお)してたら番犬が仕事にならん。心配するな、番犬はお前しか見てない。って云われたんだって」
「はあ~何それ?お前誰かに見とれてたの?」
あれだけ注目を集める美人の傍にいるのにと、アレクはやや脱力気味に云う。
「違うよ、議員秘書の女の人と親しげにしゃべってたからって・・・」
「なんだ、結局は惚気?は~やってられないね、熱い熱い」
アレクは心配して存したと云うように、態とらしく手で顔を仰ぐ素振りを見せる。
「で、なんでそんなに落ち込んでるの?妬かれて嬉しいでしょ、恋人としては」
「それはそうだけど、なんで気づけなかったのかなって・・・」
親しげに話していたと云っても、その場に石川もいたのだ。どちらかと云うと、彼女は石川目的で岩瀬と話していたように思う。
だから石川がそれを気にしていたとは思い至れなかったのだと云う。
「本当、恋人のお前より西脇さんの方が石川さんを見てるって感じだな」
だから容赦のない蹴りが見舞われるのだ。それも一重に石川を不安にさせる存在は全て排除する。
それが西脇の信条なのだと、今更ながら思い知らされる岩瀬とアレクであった。
♦ ♦ ♦
岩瀬が落ち込み、アレクが呆れ果てている丁度その頃、石川をまんまと連れ出した西脇は、ある程度酒の進んだと云う事を理由に石川を連れ出し、
番犬に石川を委ねる為に携帯へと手を伸ばしていた。
『はい、岩瀬です』
「今から云う処へ30分以内で来い」
『えっ、あの西脇さん?』
ワンコールで電話に出た岩瀬に笑みを浮かべそう云うと、西脇は今自分達がいる場所を端的に告げるのであった。
「場所は判るな?そこからなら直ぐだろう?」
『って、もしかして・・・』
「まだ大丈夫だ。但し30分が限界だろうな、番犬らしく遅れるなよ。じゃあな」
『あの・・・西』
まだ何か云いたそうな岩瀬を無視し電話を切ると、西脇は物言いたげに見つめてくる石川に笑顔を見せる。
「30分と云わず15分くらいで来るだろう。そんな表情(かお)するな」
「西脇・・・俺・・・」
「何も云わなくても判るさ。楽しそうにしてても、心ここにあらずだってことぐらいな」
訓練校に入ってからずっと石川を見てきたのだ。石川が今思っている事など手に取るように西脇には判る。
楽しければ楽しいほど、今傍にいない岩瀬の事が気にかかり、西脇にしか感じ取る事の出来ない憂いが浮かぶのだ。
「すまない」
「気にするなって。また不安がっているようなら連れ出してやるさ」
今回の飲み会は確かに宇崎の提案であったが、このところ見え隠れする不安を少しでも減らしてやろうとの気遣いでもあったのだ。
「お前には敵わないな」
「何を今更。何かあった時は一蓮托生だ」
「そうだったな」
「そう云う事。今お前が抱えてる不安は番犬に解決してもらえ。手助けは幾らでもしてやるから」
「うん、ありがとう。西脇」
些細な心の揺れも直ぐに読み取り、さり気なく手を差し伸べてくれるのは訓練校時代から変わらない。
そんな西脇のさり気ない気遣いをかいま見る度、西脇と云う親友に恵まれた事を感謝する石川なのだ。
「礼は良いって。おっ、予定より早いな・・・迎えが来たんだ、そんな表情(かお)するな」
「ああ、そうだな」
西脇がくれるさり気ない優しさに柔らかな笑みを浮かべ、石川は如何にも慌ててますと云った表情(かお)でこちらに向かってくる岩瀬に嬉しそうな視線(め)を向けていく。
「西脇さん、悠さんは・・・って、大丈夫そうですね」
特に酔いつぶれているように見えない石川を前に、岩瀬は些か拍子抜けしたような表情(かお)をみせながらそう口にした。
「当然だ。寂しそうにしてたんでお前を呼んだんだよ」
「寂しそうって・・・」
「不安がらせるなよ」
何が何だか判らないと云った表情(かお)を見せる岩瀬の肩をぽんと叩き、西脇はそう耳打ちするのであった。
「って、西脇さん、あの・・・」
「アレクはこっちに合流させる。お前達は帰れ、それじゃあな石川」
「ああ、宇崎達に宜しく云ってくれ」
「判ってる」
用件は済んだとばかりに背中を向けながら手を振ると、西脇はそれ以上何も云わせない雰囲気を醸しだし、宇崎達が待つ場所へと帰って行くのであった。
「あの・・・悠さん、何かあったんですか?」
「別に何もないよ」
別れ際告げられた不安がらせるなの言葉に思いを馳せているのか、岩瀬は伺うように石川を見つめてくる。
そんな岩瀬が愛しくて、笑みを浮かべながらそう云うと、納得し切れていない岩瀬を残し、石川はしっかりとした足取りで歩き出すのであった。
『岩瀬なら大丈夫だ。お前を任せられる奴だって俺が保証する』
そう告げた西脇の言葉を噛みしめながら―――
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King's Vallery様でキリ番争奪で頂いた物です♪
リクの内容は『西悠で。微妙な友人関係を』
という、基悠サイト様に鬼リクをしました…
悩める未沙樹様はこんなにも素敵なお話に
してくださって!!
マジ尊敬します0(>_<)0
有り難うございました!!
06.02.05