教官はつらいよ…
「俺、今、すっごく惚れてる人がいるんですよ!そう、今俺の心には、他の人が入り込む余地は1ミリだってありません!」
整備班の坂口の落とした無線が発端となった、基寿をめぐる一連の騒動…それは一応、あの翌日の昼食時の彼の雄叫びでお開きとなった。
隊内恋愛禁止とある以上、そして教官を勤めている以上、基寿との仲を勘ぐられるようなことは避けなければならないのに、あいつときたら…!!
にやりと笑って見ていたところをみると、どうせ裏で西脇も荷担していたに違いない。 とにかく、他の隊員同様俺も、いきなり突然の基寿の雄叫びには、度肝を抜かれたことは間違いない。
だが、それと共に、どこかほっとした気持ちも持っていたことは確かだった。 あぁ、これで終わったと…。
…確かにあの騒ぎは終わった。
だが、俺は失念していた。多分岩瀬も、西脇も…。
そう、この警備隊には、義理人情に厚く、お節介焼きが多く、それ故他人への興味が大変強い人間が集まっていることを!!
あれから数日…岩瀬が海里ちゃんに電話をかけている間、俺は休憩コーナーで喉を潤していた。
たっぷり20分は話してこいよ…と言っておいたから、暫くは一人過ごすことになるだろう。 その間、一人でぼけっと外を眺めるのも悪くない。
だが、その静けさは、たった一言で打ち破られた。
「教官〜〜〜!!!!!!」
数名の隊員達が俺を目がけてやってくる。
な、何事だ?!
廊下は非常時以外に走ってはいけないことになっている…だから、早足でやってくるのだが、正面切ってどすどすと来られると、俺ですらも少し怖い。 しかも、彼ら、何か背中に炎を背負っているぞ…俺、何か悪いことしたか?!
「教官!!お伺いしたいことがあります!!」
「な、なんだ?? いきなり…。」
その内の1名が代表して、鼻息荒く、俺に話しかける。 そ、そんなに大声出さなくても聞こえてるって!!
俺は彼らの勢いに押される形で一歩引いてしまう。
「あの!! この間の岩瀬さんの言ったことなんですが!!」
どき…!! 俺の心臓が波打つ。
「教官は、岩瀬さんの好きな方ってどんな方かご存じなんでしょう?」
「岩瀬さんにお聞きしても、笑ってはぐらかされるんですよ。」
「教官は、岩瀬さんと同室ですから、どんな方か話されているんでしょう?!」
口々にまくしたて、最後に全員口を揃えて「教えて下さい!!教官!!」ときたもんだ。
…まさか言えるわけないじゃないか。 俺だってこと…。
「い、いや、いくら同室でも、お互いのプライベートに触るような話は余りしていないし。俺も実はよく知らないんだ。」
…と、一応はごまかしてみるが…。
「な、何でそんな大事なことを話さないんですかぁぁぁ!!」
「あれだけ目の前で、宣言されたんですよぉぉ!!」
「教官には突っ込む権利があるじゃないですかぁぁ!!」
お、お前らアップで来るな、アップで!!
「だ、だから、余計に詳しく聞いたら悪いと思って…あいつだって悩んでいるようだし…だから、敢えて聞いていないんだ。それより、お前達、勤務中だろう?余計なことを考えているとケガするぞ。早く持ち場に戻れ!!」
「…はい、教官!! すいませんでした…。」
さすがに教官命令とあれば、彼らとて持ち場に戻らざるを得ない。 質問をごまかされた上、教官権限とくるから、どこか不満は残っている様子だが…すまん、悪く思うなよ。
しかし…やばい、やばいよ、基寿!! お前、なんか違う方向に火を点けているぞ。 これで終わりだと良いんだが〜…と思った矢先!!
今度は違う方向から、別の集団がやってくるではないか!
「教官〜〜〜〜〜!!!!!!」
またしてもやってくるのは、思いっきり炎を背負っている隊員達数名。
「教官!!お聞きしても良いでしょうかぁぁ?!」
仁王の如く、俺の前に立つ隊員達。 今のお前達、怒った西脇よりも迫力あるぞ…。
「教官は岩瀬さんの恋人ってどんな方か知っているんでしょう?!」
「すっごい美人って評判ですよ。」
「そうそう、髪は長くてさらさら、目は切れ長、どこかの大学のミスコンで優勝した人って聞きましたよ!!」
…は?! い、今なんて言った?!
「しかも、スタイル抜群って言うじゃないですかぁぁ?!」
「そうそう、俺も聞いた! 上から90、58、86だって?!」
「羨ましいよなぁ〜、どうやってそんな彼女ができるんですかぁ?!」
「教官! 岩瀬さん、笑って答えてくれないんですよ!! だから、どんな人か写真を奪って来て下さい!!」
「ついでに、どうやってそんな彼女ができるのか聞いて下さい。」
…俺、唖然。
もう何も言えない。
その場で寝る振り…。 どこでどうやって、3サイズまで決められて、しかもミスコンだぁぁ?!
仕方ない。
ここでも教官権限を使わせてもらわないと、この騒ぎは収まりそうにない。
「お前らなぁ、人のプライベートに首突っ込む暇があったら、仕事しろ、仕事ぉぉ!!」
「でも、教官〜〜…」
さらに食い下がる隊員に、俺は少し睨みを利かせてやる。
「おい、隊内は恋愛持込禁止っていうことは知っているな。岩瀬のあの件は、俺から一言言っておく。だから、お前達ももう仕事に戻れ!仕事に打ち込めもしないのに恋愛できると思うな!」
…とは、俺自身に言いたい一言だ。
俺、泣きそう…。
これまた渋々、立ち去っていく隊員達。 これだけの者が聞きに来るということは、余程の騒ぎになっているのだろう。 今日はこれで済むんだろうか。俺、今日は怒鳴りっぱなしの一日になるんだろうか。
基寿、お前ぇぇ!! お前のせいだ、お前と西脇のせいで、俺がえらい目に遭いつつあるんだぞ!!
そんな騒ぎとは露知らず、台風の中心の岩瀬、のんきな顔で帰ってきた。
俺、思わず、睨む!!
「石川さん、お待たせ…ど、どうしたんです? 俺、何かやらかしましたか…?!」
「…お前のせいだ!! お前が悪い!!」
「…は??」
俺は、基寿不在の間に起こったことを洗いざらいぶちまける。 もうやけくそかもしれず…。
「げっ!! 俺、そんなつもりで言ったわけじゃないんですよ!」
「だが、現にそうなってるぞ!! 俺はミスコンで優勝して、しかも3サイズばっちりの長い髪の切れ長の目の美女だそうだぞ…どうするんだ、この後始末!!」
「…じゃ、石川さん、良い考えがあります!!」
「なんだ?言ってみろ…」
「石川さんも、宣言しちゃえば良いんですよ!!いっそ、カミングアウ…」
ドスッ!!!!
俺は全部も言わせずに殴り倒した。 岩瀬、綺麗な星になった… きらり☆
全く気楽に言ってくれる…。 俺が教官でなきゃ、とっくにそうしてるよ…。
お前の…だって!! だけど、俺はここのトップだから、それもできない。 委員会に知られることになって、お前と引き離されるようなことがあったら…もうコル・ヒドレのときのようなことはごめんだからな。
だから、この騒ぎ、どうにか収めなければ。 それでないと、ここの隊員たちをとりまとめるなんてできないんだよ!!
思いっきりため息をついて、岸谷と西脇を呼び出す。 こういう場合(他の場合もそうだけど!)、彼らを欠かすことはできないだろう…。 何しろ、隊のご意見番と黒幕だ…。
厨房横のチーフルーム(別名:密談室)にての会合は、延々深夜まで及んだ。 翌日の昼食時、岩瀬、わざとらしくため息をつく。 何度も何度も…。 そして、いつもは全部平らげる大盛りランチを派手に残す。
それも作戦のうちなのだ…。
「岩瀬、そんなに思い詰めるな!お前の良さの分からない奴なんて放っておけ!」
おもむろに西脇、わざと周りに聞こえる声で岩瀬に声をかける。 周りが一瞬静かになり、聞き耳を立てている様子が手に取るようにわかる。
さぁ、俺の出番だ!!
「岩瀬、元気だせよ!なんなら、ここらの連中に彼女紹介してもらえ!!」
そういって、景気よく、背中をどつく!
岩瀬、思わず…「げほっ!」
…あ、俺、力入れすぎたか?! 悪い、基寿!!
…これで良し! あとは一部始終に聞き耳を立てていた隊員たちが広めてくれるだろう。
【岩瀬が振られた!!】
取りあえず、俺と西脇と岩瀬は、目で合図してそそくさと立ち去る。 あとは…成り行き任せだが、取りあえず隊内の火種を消すことはできるだろう…。
そして、果たして!!
「まぁ、人の噂も75日とも言うし、暫くすれば落ち着くんじゃないか?」
とは、熱いコーヒーを冷ましながら飲む猫舌の西脇。
「だと良いんですけどねぇ…なんでこうなったのか、俺、本当にわかりません。」
元気なく相づちを打つのは、昼間のランチをわざと残す芝居をうったせいか、エネルギー不足の岩瀬。
「まったく、元気なのは良いが下世話な奴が多いからなぁ…。思ったより静かだから、これで落ち着くんじゃないか?」
頬杖をついてため息の俺。
しかし!!
「教官!!!!!」
思わず、熱いコーヒーを飲み込んでむせる西脇。 あまりの迫力に、思いっきり引いた俺。 俺が引いたせいで、椅子からはじき出されて転がる岩瀬。 総勢30名近くの隊員達が揃ったかけ声はそれほどまでに迫力があった。
「岩瀬さんが振られたって本当ですか?」
「どうしてなんですか?!」
「今度は教官が紹介するって本当ですか?」
「お、俺にも彼女紹介して下さい!!」
「元カノ、どんな人だったんですかぁぁ?」
「俺、合コン企画しましょうか?」
以下略…というか、お前ら一斉に喋るな、俺は聖徳太子じゃないーーー!!
西脇、口の中を火傷して顔をしかめたまま身動きもできない。
岩瀬、頭を抱えたまま身動きもできない。
俺、疲れが出て、身動きもできない。
それでも、好き勝手言い放題の目の前の連中に、俺、すでに限界点突破。 頭痛を抑えながら、ゆらりと立ち上がる。
「た、頼むから、頼むから静かにしてくれ…。お前達の言いたいことはよーーーく分かったから、頼むから仕事に戻って精進してくれぇぇ!!…もう…教官命令じゃなくて…教官依頼だ…頼む、頼むから…俺たちに仕事させてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
最後の方は、俺、かなり泣きが入っていたかも知れない。
それまで、にぎやかだった目の前の集団は、その瞬間から、しーーーーーんと静まり返り、一斉に一礼して元来た廊下を帰ってゆく。
再び訪れた静けさに、俺たちは、ただただ呆然とするまま…。
その後、隊内をにぎわせた一連の騒ぎは、『岩瀬が振られた』事件→『事情を聞きに言ったら、教官泣かせた』事件→『岩瀬のことより仕事しろと教官に懇願された』事件へと話が変化して、隊員達の間を流れていった。
そして、教官命令よりももっと怖いのは、教官懇願だとも。
それから数年が過ぎ、幾たびのトラブルの中、国会警備隊内で恐れられる自体が幾つも目撃された…。
西脇のにらみ、ドクター連行、怒らせた岸谷、甘味欠乏状態のクロウ、スイッチの入ったアレクと岩瀬、本木の暴走、加藤の霊能力…。 これに遭遇した隊員たちは、全員がおののきその場にひれ伏すという…。
だが、そのトップの座はいまだ変わることなく、その目撃談はいつしか伝説へと変化した。 国会警備隊8代目教官(後、隊長) 石川 悠。 西脇称するに、『天然の魔性』。 誰もが魅せられついていくという、魔性の魅力…。
そんな彼の必殺泣き落とし!
えっなんと!! 見てみたいと仰いますか!?
でも、あなた…試してみる勇気あります?!
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