【 Together 】



まだ肌寒い季節、クリスマスに並ぶ恋人達の祭典と呼ばれるイベントがやってくる。

商業戦線に乗るように、お菓子業界からデパート業界が色めき立つそのイベントとは、バレンタインとホワイトデー。
恋を実らせるチャンスであると同時に、恋人達に取っては二人の愛を確かめる為にあるようなイベントなのだ。

そんなイベントであっても、イベント事にとかく疎い石川はすっかりその存在を忘れていたのであった。
とは云っても、今年のバレンタインは橋爪から相談を受けた事と宇崎の一言から手作りチョコを作ることが出来たので、直前まで忘れていたとはいえちゃんと面目を保てはした。確かに体裁は整えられたものの、岩瀬はちゃんとプレゼントを用意してくれていたのだ。

そして今度こそちゃんとしたお返しをしなくてはと思っていたホワイトデーであったが、こちらも仕事に忙殺され準備する事が敵わなかった。それにも拘わらず、岩瀬は待たしてもプレゼントを用意してくれていたのだ。
同じように仕事をしていて、一体何時用意が出来るんだと石川はその都度思い悩んでしまう。確かに外出して買い出しは出来ないのだが、その分ちゃんとネットで注文をし、前もって用意してくれるのと同時に、小じゃれたお店でのディナーもセッティングしてくれるのだ。
その都度申し訳なく思い沈んでしまう石川を前に、悠さんが傍に居てくれる事が俺にとっては一番のプレゼントですと、岩瀬は決まって石川に告げるのである。

そんな遣り取りがどれ程続いたであろうか?今度こそちゃんとお礼も兼ねてプレゼントをしようと思いはするのだが、元来イベントに興味がない事とその疎さ故に上手くいかない日々が続いていた。
そんなある日、石川は余り知られていない4月14日はオレンジデーなる文字をネットで見つけたのである。

「これは・・・岩瀬も知らないかもしれない。よし、丁度休みとも重なってるし、この日に纏めてお返しをしよう!」
オレンジデー。それはバレンタインデーで告白をし、ホワイトデーで思いが通じ合った恋人達が愛を確かめ合うと云う日としてオレンジを使った物を食したり、オレンジ色の物を贈り合うと云うものなのだが、一般的に定着している日ではない。
石川自身何か良い物は無いかと調べている途中、偶然この日を知ったのだ。
幾らイベント事に疎い石川と云えども、バレンタインやホワイトデーはちゃんと知っていた。けれどオレンジデーと云う日がある事自体全く知らなかった。
何でこんなにイベント事に詳しいんだと云いたくなる岩瀬ではあるが、もしこの日の存在を知っているとするならば、今までも何かしらの反応があった筈。それなのにこのオレンジデーたる物に触れてきた事が一切無い。
そこから考えられる事は、岩瀬がこの日を認識していないと云う事。石川はこの機を逃しては駄目だとばかりに密かなる計画を思いついたのであった。

「西脇、折り入って頼みがあるんだけど・・・一寸良いかな?」
岩瀬がバスを使っている事を良い事に、石川は岩瀬にばれないようこっそりと西脇の無線を鳴らしたのである。
『珍しいですね、隊長が頼みたい事があるって。岩瀬には内緒ですか?』
「うん、知られたくない。お前ももうあがりだろ?後で行っても良いか?」
『それは構いませんけど・・・岩瀬はどうするんです?』
石川が部屋を後にするとなると岩瀬は黙ってはいない。同行すると云うのが目に見えているのだ。西脇はその事を良く知っていて、そんな疑問を口にする。
「それは何とかする」
『判りました。俺が居なくても待っててくれて構いませんから』
「判った。それじゃ後で」

今回思いついた計画は、決して岩瀬に知られてはならないもの。
その時の様子を想像する石川の表情(かお)には、実に楽しそうな笑みが浮かんでいた。
 
 
    **  **  **
 
 
「なあ岩瀬、今度の休みだけど、外で待ち合わせしないか?」
石川が西脇に頼み事をしてから数日後、仕事から戻り部屋で寛いでいる時の事、石川はさり気なくそんな言葉を口にしたのである。
「えっ、どうしたんですか急に?」
「いや、特に何かあるって訳じゃ無いけど・・・」
「だったらわざわざ外で待ち合わせなんかしなくても良いじゃないですか?また何かに巻き込まれでもしたら・・・」
「そう何度も事件が起こる訳ないだろ?お前は心配しすぎなんだって」
「そうは云いますけど、今までどれだけ巻き込まれてると思います?」
特別に何かの理由があると云うのであれば従いもするが、特に何があると云う訳ではなく待ち合わせしようと云われても、
岩瀬には「はい」と云えない事情がある。

と云うのも、石川は何かとトラブルに巻き込まれてしまうのだ。
並はずれた強運の持ち主であると同時に、トラブルが寄ってくると云っても過言ではないくらい、岩瀬と別行動を取った石川は事件に巻き込まれているのだ。

「うっ、それは・・・俺だって巻き込まれたくて巻き込まれてる訳じゃないよ」
「判ってますよ。もしそうなら俺だけじゃなく、西脇さんだって止める筈ですから」
石川の事は託したと云いながら、西脇は今でも石川を見続けている。
それは心友として、掛け替えのない仲間としてであると判ってはいる。判ってはいるけれど、やはり嫉妬を抱く程のものでもある。

「それだけ判ってるんなら良いだろ?」
「何か俺には云えない訳でもあるんですか?もしかして西脇さんのように親しい人と会う為とか云わないでしょうね?俺より大事な人なんですか?」
まるで石川の心を読むかのように、岩瀬はそんな言葉を口にする。
以前西脇達の真似がしたいと待ち合わせをした事があった。それと同じ事を今回もしようと云うのであれば、そう告げてくる筈なのだが、どうにも歯切れの悪い石川を前に鎌を掛けて来たのだ。

「そんな事ない。俺には岩瀬だけだから・・・っあ」
思わず口にしてしまった言葉を慌てて飲み込み、石川はしまったと云うように岩瀬の方を見つめてくる。
「やっぱり誰かと会うんですね?俺の知らない人ですか?」
そう問いかけてくる岩瀬は、もし知っている人間であるならば一緒に居ても問題ないし、知らない人である場合、ハッキリと自分の存在を示したいと思っている事がありありと判る表情(かお)を見せている。
けれどここで岩瀬の言葉に流されてしまっては意味がなく、石川は強気の態度で臨む事にした。

「一応お前も知ってる人だよ。でも連れてけない。理由も云えない。追求するなら外出も止めるからな!」
そこまではっきりと云われてしまえば、岩瀬に言い返せる余地などない。それを知っていて石川は態と怒ったように告げたのだ。
「判りました。でも、巻き込まれそうだって思ったら、絶対に連絡してくださいよ?それに誰かに言い寄られたりしても連絡下さい、これだけは譲れません!」
池上を思う岸谷ほどではないにしろ、岩瀬も大概過保護だと思う。けれど、そんな一寸した思いを嬉しいと感じる自分がいる事を石川は知っている。それ故、今回の企みを考えたのだから・・・

「判ってるよ。お前は心配しすぎなんだ。それに俺に言い寄る奴なんていないし」
「何云ってるんですか、悠さんは自覚がなさ過ぎるんです!」
「自覚って・・・俺はお前以外に惹かれたりしないぞ?」
俺の気持ちを疑っているのかとでも言いたそうに見る石川を前に、これ以上愛おしい物はないと岩瀬は石川をその腕にしっかりと抱き留める。
「判ってます。でも、悠さんは魅力に溢れてますから、回りがほっとかないんです」
「またお前は・・・そんな事を云うのはお前だけだって」
「悠さん・・・」
これ以上何を云っても石川に効き目がない事を十分承知している岩瀬は、そっと石川の唇を塞ぎ、待ち合わせの日何事も起こらない事をひたすら願うのであった。
 
 
   **  **  **
 
 
強引に外で待ち合わせする事を約束したデートの日、先に出ると云う石川を心配そうに見つめる岩瀬を前に、石川は心配するなと触れるだけのキスを残し出かけていった。
本当は後を追うように直ぐに出かけたいと岩瀬は思っていたのだが、アレクにその行く手を阻まれ、結局のところ待ち合わせの時間に間に合うギリギリまで付き合わされてしまったのだ。実はこれも石川の策略だったのだが、この時点で岩瀬が判ろう筈もなく、何やら楽しそうに見送られたのである。

残念ながら桜の時期は終わってしまったが、春の穏やかな日差しと柔らかな風が幾分苛ついていた心を穏やかなものにさせ、一刻でも早くあの愛おしい笑顔が見たいと、岩瀬は石川に云われた場所へ足を向けた。そして辿り居た約束の場所に立っていたのは、白を基調とした淡いオレンジ色のワンピースを着て、派手過ぎずナチュラルメイクにルージュを引いた一人の女性であった。
その姿に石川に似ていると一瞬足を止めた岩瀬に気付いたその人は、思わず引き込まれずには居られない優しく柔らかな笑顔を見せたのだ。

「悠さん?!」
例えどんな姿になったとしても、最愛の人を見間違う筈もなく、岩瀬は慌てた様子で石川の下へ駆け寄り、男女を問わず振り返っていく人々の視線から石川を隠すようにその場を離れたのである。
「悠さん、あの、これは・・・」
「驚いたか?」
「心臓が止まるかと思いましたよ」
「そんな大げさな」
「本当ですって・・・」
岩瀬はそう云うと、石川の右手を取り、自らの心臓に触れさせた。
岩瀬のなせるままになっていた石川は、岩瀬が云う通り必要以上に心拍数の上がっている鼓動に満足したのか、ほんとうだなと嬉しそうに微笑むのであった。

「何でまたこんな事を?」
「そんな大した理由はないんだ。普段腕を組んで歩いたり出来ないし・・・バレンタインやホワイトデーで何もしてやれなかったから・・・それに今日はオレンジデーだからな」
プレゼントを用意できていればもっと良かったのだが、何せ記念日に疎い石川は忘れがちになってしまう。それならば普段出来ない事をしてやろうと思いついたのだと、石川は薄化粧した頬を朱く染めながらそう云うと、そっとその腕を岩瀬の腕に絡ませて来た。
「悠さん・・・俺、嬉しいです・・・」
「素の俺で出来れば良いんだけど、俺にはそれが出来ないから・・・」
「良いんです。そんな事は。俺は悠さんの気持ちだけで充分嬉しいですから。でも、そのオレンジデーって何ですか?」
イベント事や記念日には機敏である自信がある岩瀬であったが、流石にオレンジデーと云う物を知らなかったらしく、不思議そうに首を傾げてくる。
そんな岩瀬に気をよくしたのか、石川はお前にも知らない日が有ったんだなと、偶然見つけたその日について話したのである。

「俺達は仕事は勿論、部屋も同じだから相手を訪問するって事は出来ないだろ?だから異性同士の恋人がちがするような、普段出来ない事をしたいと思ったんだ」
そんな石川の告白を聞き、岩瀬が感動を覚えたのは云うまでもない。
何故そんな発想に至ったのか疑問ではあるが、男同士と云う事と何時隊員に見られるか判らないと云う事もあり、どこか気の抜けないデートを繰り広げていたのは確かであった。

岩瀬はその事を全く気にした事はないのだが、石川は少なからず心を痛めていたのだろう。確かに誰も知らない土地に行った時は手を繋いで歩いたりもしたけれど、此処では流石にそうも行かない。

「ありがとうございます。でも何で女装なんですか?」
「それは・・・羨ましがってたから・・・」
「えっ?」
「だから、小野の結婚式の時、岸谷と池上を羨ましそうに見てただろ?それを思い出したんだ・・・」
そこまで口にした石川は流石に恥ずかしくなったのか、益々顔を赤くしながら、絡める腕に力を入れてくる。
ごく普通の恋人同士であればここまで気を遣わずに済んだであろう。だが、世間ではまだまだ同性同士の恋人を容認するに至ってはいない。それに自分達の立場が立場だけにもどかしさも確かにある。折角見つけた恋人達が愛を育むと云う日を無駄にしたくないと、西脇達の協力を仰いだのだと云う。

「じゃあこの準備の為に外で待ち合わせようって云ってくれたんですね?」
「ああ、流石に寮からして行く訳にはいかないし、トイレで着替えるって訳にもいかないだろ?だから産休中の野田に協力を頼んだんだ」
同期である野田皐は現在産休中で常に家にいる。それに石川が訪ねて行く所を見られたとしても、同期を気遣っての事だと思わせる為に西脇とも休みを調整し、この日に備えていたのだ。
そして恋人を待つ気分を味わいたいと云う石川の気持ちを察し、ギリギリまで岩瀬を外出させない為にアレクにも協力を頼んだのだと、石川は告白してきたのだ。

「悠さん・・・そこまで思ってくれて、俺、本当に幸せ者です」
「本当に?」
「ええ、本当ですよ。普段でも綺麗ですけど、今日はもっと綺麗で素敵だし・・・すれ違う人が皆悠さんを見てるって気付いてますか?」
「えっ?それは気のせいだろう?」
「違いますよ。俺は嬉しい反面嫉妬で狂いそうになってる位なんですから」
そう告げる岩瀬は何時も以上に優しく、包み込むような笑みを浮かべてくれている。
もしかしたら気持ち悪がられるかもしれないと内心思っていただけに、心底安心したように微笑み返してくる。その姿は実に妖艶で、岩瀬は今すぐ愛したいとホテルへ直行したいと云う衝動を抑え、石川が照れ臭いのを我慢して演出してくれたシチュエーションを楽しむ事にしたのである。

映画を観てウィンドウショッピングをし、喫茶店で他愛もない話をし、食事をしてしてから帰路につく。その間に数人の隊員に目撃されていたのだが、石川は全く気付いていないようで、本当に嬉しそうな笑みを浮かべ続けていた。そして、折角のオレンジデーだからと部屋に戻った後食べる為にオレンジも購入した。
まるで夢のような一日を過ごした二人は、喜んで協力してくれた野田の家へと赴き、購入したオレンジの一部をお礼に差し出した後、石川はJDGを率いる隊長の表情(かお)へと戻り岩瀬と共に寮へと戻ったのであった。
 
こうして夢のようなデートを満喫した翌日、食堂では一寸した噂話が繰り広げられていたのである。
この時隊員達が話していたのは、岩瀬が嘗て猛烈に惚れている人が居ると宣言したにも拘わらず、それらしき影が見えない事から真実では無かったのではと疑う隊員が多かったのだが、昨日岩瀬がその恋人と歩いているところを見たと云う物であった。
そして偶然岩瀬の姿を目撃していた隊員が「岩瀬さんの恋人って隊長似の凄い美人なんですね」と西脇とアレクが居る処でその話をした事から、岩瀬が隊長を必死で守る訳が訳が判ったろと西脇が云い、その事を隊長も知っているから、二人は仲が良いんだよとアレクが告げたと云うものであった。

この話を聞き面食らったような表情(かお)をする岩瀬と石川を前に、これで仕事中多少仲良くしてても平気になっただろうと西脇が云い、だからと云って度を超したら駄目だからなとアレクが告げてきた。
 
こうしてサプライズ続きのオレンジデーは無事終了し、石川が女装した写真が岩瀬のアルバムの一頁に刻まれたのは云うまでもない。


============================================================================================

又もや、KING'S VALLEY様でゲットしたキリリクですvv
今回は7000Hitでした!
未沙樹様&ひじり様!!ありがとうございます〜☆
「ラブイチャ」で。という大変アバウトなリクにも関わらず(笑)
ものっそい素敵なお話を上げてくれた未沙樹様に感謝です!!


06.05.10