今、抱きしめているのは―
あの夜身体中に満たされた夜の香りではなく。
真っ青に広がる空の
中心でかがやく太陽のような
そんな香り。
■■あの日あの夜出逢ったことが過ちだった 3■■
「―さんっ―かさん!」
―はるかさん、大丈夫ですか?
目尻の横をスっと。
熱いモノが通り過ぎていく感覚と―、
聞きなれた筈なのに、初めて聞くような、男の声で目が覚めた。
「悲しい夢でも、見たんですか?」
―長い夢から覚醒したばかりの意識はまだ朦朧としていて。
痛々しそうに自分を見下ろしてくる恋人の名前すら咄嗟には浮かばずに焦ってしまって―
ああ、夢を見ていたのか。
呟けば、大きな背を屈めて自分を覗き込んでいた男の指が、頬を伝う雫を拭って行った。
「悲しい夢、でした?」
「いや、思い出せない。…でも多分、悲しいだけの夢じゃなかったんだと思う。」
夢の内容は覚えていない。
ただ―。
頬を伝った涙と、
紫煙とコロンの混じった香りの記憶が
夢の残照のように、淡く脳に刻まれた。
両頬の涙を拭ってくれた大きな掌は、ゆっくりと背中に移動して。
彼の逞しい腕はそっと、自分を包み込んでくれた。
ゆっくりと、−まるで幼子をあやす様に、背中を優しく叩いて、「大丈夫、大丈夫」と耳朶に吹き込まれる。
抱きしめられた頬を擽る真白なTシャツからは、
ブラインドの隙間から覗く、真っ青な空の…その中心で輝く太陽の匂いがした―。
「ありがとう。基寿…おはよう。」
ポンポンと、背中を叩き続ける恋人の腕をやんわりと下ろさせて、頬に口付けを。
―深いキスに変わる頃には、夢の残照もすっかり、脳裏から消滅していた。
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「久しぶりのオフなのに―ほんと、スイマセン。」
まさに平身低頭、と言った具合に、大きな身体を縮こまらせている恋人に苦笑を浮かべ、
何言ってるんだ、楽しんでこいよ、と、見送ったのは数時間前。
寮で大人しく恋人の帰りを待っていればよかった―。
後悔したのは宛てもなくふらりと外出した際に見舞われたアクシデントの所為ではなく。
ましてや、トラブルを呼び寄せる自分の体質を呪ったわけでもなく。
再び、出会ってしまったから………彼と――。
かつての―決してその想いが届くことは無かった―想い人と、
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同じ香りを纏う、男と――
再会、してしまったから。