【ito】〜意図もしくは糸〜


「来週が悠の誕生日…?」
「え…はい」
「へぇ…」

カレンダーをじっと見て考え込んでいた明は、チラリと悠をみて…

「ご飯、食べに行こうか?」
「えっ…その日は…」
「あぁ、基寿と約束がある?」
「…はい」

伏し目がちに悠は答えた。

「そうか…じゃあ一週遅れになるけど、30日でもいいかな?」
「…はい」

悠は躊躇いながらも、明からの誘いを受けた。
義父との関係は未だ途切れる事なく、ひそやかに続いていた−


誕生日の一週間後−


明と悠は約束通り食事に出掛けた…
明が予約していたのは、老舗のフレンチレストランで。
誕生日だから…と小さなケーキも用事してくれていた。

「有り難うございました。凄く美味しかったです」

美味しい食事に満足した悠は、デザートの最後の一口を食べ終わり、明へと礼を言った。
礼を言われた明は、微笑みながら…

「悠の口に合って良かったよ」
「そんな…」
「悠の料理が美味しいのは知っているからね」

そう言ってウィンクをよこし、茶目っ気たっぷりに笑う明に悠もつられて笑う…

「一流シェフと私を一緒にしてはいけませんよ…」
「いやいや!悠の腕前だと充分だと思うよ?」
「…有り難うございます」

明の褒め言葉に照れて俯く悠は可愛いらしく…
明は満足そうに微笑んだ−

  + + +

食事を終えた二人は、明の運転する車に乗って湾岸沿いを走っていた−
ぼんやりと対岸に見える街の光を見ていた悠は、不意にかけられた声に振り向いた。

「え…?」

全く聞いてなかった悠の反応に明は苦笑して。もう一度問い掛けた。

「このまま帰るかい?」

悠に選択肢はないのに。
それでも悠が望むように行動する明はズルイと思う。けれど…
解っていても明は問い掛けてくるのだ。毎回…
一度ぐらい『このまま帰ります』と言ってみたいものだが。悠だって離れたくないのは同じで−
だから毎回こう答えるのだった…

「…いえ…もう少しこのままで…」

悠の答えに嬉しそうに微笑んだ明は、車を左折レーンへと滑りこませた。

  + + +

海岸沿いの人気のない駐車場に停めた車からは昔流行ったジャズがゆっくりと流れていた。
そして、くぐもった声も−

「んっ…」

角度を変え、深く探られる口付けに吐息ともつかない声が出る−
「ふっ…」
「悠」

明の声が甘く響き…
そっと耳たぶに触れる吐息は熱かった。

「はぁ…」

やっと開放された悠は潤んだ瞳で明を見上げ−

「明…さん」

せつない声で名前を呼んだ。本人の自覚はない行為だが…

『全く…その瞳だけで理性が飛びそうだよ』

明は苦笑しながらも、悠の望むまま。もう一度口付けた−


「やぁっ…んん…」
「悠…」
「明さん…きてっ…」

車の中…という抱き合うには狭い空間で、二人は互いの身体に溺れる…
そして、ゆっくりと侵入してくる明自身に悠の身体は喜びに打ち震えた。

「くっ……きつっ」
「あぁ…あきらさ…ん」
「悠……」
「やっっ…ぁぁぁ」

激しくなる律動の中で、悠は明へと腕を伸ばし…ギュッと抱き着いて。

「あきらさ…もっと…」
「悠…」
「もっと…奥まで…きて!!」

願いを叶えるべく明は悠の腰を掴み、頂点へと追い上げる…

「あっっ…ぁぁぁ…んっ」
「はるか…くっっ!!」

同時に果てた二人はぐったりと座席へと倒れ込んだ。そして…悠は最後、明が微笑んでいるのを消える意識の片隅で見た…

   + + +

明は意識を失った悠をそっと抱きしめ…紅く熟れた唇にキスを落とす。

「悠…誕生日おめでとう」

吐息のかかる距離で呟き−そして、自分のジャケットから小さなビロード製の袋を出す。
その手の中にはシルバー製のブレスレットが…

「これは私からのプレゼントだよ…」

明は悠の華奢な手首に輝くブレスレットと、未だ眠りにつき恋人を満足そうに見つめ−
そして最後にもう一度、キスを贈った。





-了-




2007.4.25 UP