【チェンジ!!】 B


「解体を始める。」
石川は一言そう言って、作業を開始した。

作業開始から実に手際よく。解体を進めていると…
在る所でピタリと手が止まった。

「教官?どうかしましたか?」
岩瀬が不思議に思って聞くと―

「馬鹿な…」
石川は一言そう呟いて、無線へと手を伸ばす。
そして―

「森繁!そちらの解体はどうなっている!?」
「教官…。それが…」
「…解除できない。か…?」
「…はい…これは…解除キーがありません…」
「…やはりな…こちらもだ。しかもご丁寧にセンサー付だな…」
「はい…。これ以上進めるとセンサーにかかりますね…」
「解体が無理なら…」
「この場で爆破するしかありませんね…」
石川の言葉を森繁が続ける。

「…振動センサーも付いているか…」
「はい。今動かせば、即。爆破ですね…」
「…厄介だな…。森繁…そっちは爆破できるか?」
「…そうですね…。大丈夫だと。」
「遠隔操作できるか?」
「…センサーを逆手に取れば、出来なくもないかと…ですが爆発の威力が判らないので…」

森繁の返事に数秒考え―

「三舟。搬入ゲート付近を完全閉鎖。閉鎖後、遠隔操作で爆発させる。」
「了解。Nゲートは?」
「こちらは…私が爆発させる。」
「…!!危険では…?」
「他に適任者が居ない。Nゲート付近の道路を封鎖。他の隊員も退避完了後、爆破させる。完了次第連絡を。」
「教官!!」
「以上だ。」
「…了解」

三舟との通信を終えた石川に岩瀬が声を掛けた…。


    + + + +


「教官…。爆発させるって、どうするのですか…?」
「タイマー作動までは時間があるから、センサーを使って爆発させるんだ。」
「…それは危険なのでは…?」
「かもな」
「かもなって…!!」
「仕方ないだろう?今の段階ではこれ以外の選択肢がないんだ…」

こちらを見ずに作業を進める石川の姿を見て、岩瀬は驚愕する。
『今までこんな危険なことを一人でしたきたのか…!?よく無事で…!!』

「三舟。セット完了した。避難と閉鎖は?」
「完了しました。」
「では…五分後に爆破させる。いいか?」
「了解。」
三舟との更新を切った石川は、岩瀬を振り返り―

「安全なところまで避難する。」
そう言って、歩き出した。
その後を付いていこうとした岩瀬は微かな違和感を感じる。
その違和感の先は―

「教官!危ない!!」

先ほどまで数十分あったはずのタイマーが行き成りゼロカウントになっていた― 

そして… 

後には爆発と閃光が支配する。


    + + + +


『…何が起こった…?』
石川は何が如何なっているのか一瞬わからなくて―

「教官…石川さん!?大丈夫ですか!!」

かなり、近いところで聞こえる岩瀬の声でやっと状況を理解した。
石川は岩瀬の腕の中にスッポリと抱き込まれて、爆発から守られていた。

「教官!怪我はないですか?」
正しく、身を挺して石川を至近距離からの爆弾から守った岩瀬は、石川へ心配そうな瞳を投げかける。
自分の方が悲惨な状況にあるにも拘らず―

「岩瀬…お前…大丈夫なのか…?」
石川は体を起こしながら、岩瀬を心配する。と…

「俺は大丈夫ですよ?」
そっと微笑む岩瀬と目が合う。
何故だか、急激に恥ずかしくなり。
そして―腹が立った…自分に対して。


自分は何という愚かな人間なのか―
テロの置き土産は信用してはいけない。と、何度も経験していたのに…
なのに…!
自分の判断ミスでこうして、怪我をしている人がいる。
しかも、自分を庇って。

…だから…SPなんて要らなかったのに…
怪我をするのは自分一人で十分だ。


急に黙り込んで、岩瀬の怪我の状況を確認している石川を心配そうに呼ぶ声がした。

「教官!!無事ですか!?」
「西脇…ココだ。」
「教官…と…?」
「はじめまして。西脇さん。俺は今日から石川さんのSPに着任した岩瀬基寿です。」
「あぁ…。君が…」
「よろしくお願いします。」
現場の雰囲気とは異質な明るい笑顔で岩瀬は西脇に挨拶した。

西脇は。そんな岩瀬にニヤリ。と笑って―
「あぁ。こちらこそ…宜しくな」と返したのであった。


    + + + +


何処か呑気な会話に耳も傾けず。
石川は岩瀬の背中を見て、驚いていた―

「…西脇…ストレッチャーを。岩瀬が怪我をした。至急メディカルルームへ…」
「はい。」
「いえ!大丈夫ですから!」
「…大丈夫な訳がないだろう!!お前の背中ジャケットがボロボロだぞ!!」
「いえ…本当に大丈夫ですから。」

強固に言い募る岩瀬に、石川は―

「…西脇…お前が担いででもメディカルルームへ連れて行け…」
軽くキレた石川の命令に驚いたのは岩瀬だけでなく…

「…教官…流石の私でも2m程の大男を『担いで』は無理です。岩瀬。おとなしくストレッチャーに乗れ。」
「な…!!だったら石川さんも一緒にメディカルルームへ!!」
「私は怪我をしていない。事後処理もあるからな。」
「ですが!!貴女も爆発の影響が有るかもしれませんし…」
「教官。事後処理は私がやっておきますから。」
「…西脇…!!お前まで!!」

三人で言い合っていると―メディカルルームから応援に呼ばれた橋爪がやってきて。

「石川さん。岩瀬さん。二人ともご一緒に。」
と。ニッコリと笑って連行を決定した。

おとなしく、メディカルルームへと連れて行かれた石川と岩瀬は。
外科医である堺医師に見てもらっていた。

「岩瀬…お前さんの体は丈夫だな…」
それが堺医師の第一声だった。

石川を庇って、大怪我をしたかに見えた岩瀬は。
ボロボロな外見とは裏腹に軽い打身とかすり傷だけであった。
石川は爆発による、怪我も無く。どこにも異常は見られなかった。

「しかし…よかったな。教官」
「…堺先生…?」
「お前さん、怪我ばっかりだったからのぅ…。これからは岩瀬がお前さんを助けてくれるな。」
「…そう…ですね…」

ニコニコと笑顔で話す堺医師とは裏腹に。石川の返事は苦しそうだった―


    + + + +


「有り難うございました。」

石川と岩瀬は怪我の手当てをしてもらい。メディカルルームを後にした。
その足で、中央管理室へと戻ろうとしていると…
石川の無線が鳴った。

-ピッ
「石川だ。」
「三舟です。お怪我は…?」
「岩瀬も私も大丈夫だ。犯人は割れたのか?」
「はい。録画チェックで見つけました。警察と危機管理局に映像を渡しました。」
「そうか。…森繁の方は…?」
「あちらは爆発物ではなく、遠隔操作の中継機の様なものでした。」
「では、アレと爆発物の二つで一つ。の様な物か…」
「はい…。厄介ですね…」
「そうだな…。だが…」
「我々なら大丈夫。…ですね。」
「あぁ。そうだな。」
三舟の言葉に微かに笑う。そして…

「他に怪我人は?」
「皆、大丈夫でした。…あと、教官は上がってください。後は大丈夫ですから」
「でも…」
「教官…少しは部下の言う事も聞いてくださいね」
少しおどけた風に。でも真摯な声で三舟はそう言った。
そんな三舟に…

「…有り難う…心配かけました。」
無線の向こうから、三舟が笑う気配が伝わってきて―

「…今度からは、程ほどにお願いしますね…」
「…はい…」
「お疲れ様でした。ごゆっくり」
「あぁ…。お疲れ様です。」
-ピッ

無線が切れ。石川は岩瀬を振り返る。

「…岩瀬…お腹空かないか?」


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「…は…ぃ…そうですね…」
岩瀬は石川の唐突な問い掛けに、思わず間の抜けた返事を返す。

「じゃあ、食堂な。こっちだ」
そんな岩瀬に構うことなく。石川はスタスタと歩き出した。
だが、その背中は―岩瀬が最初に見かけた時の緊張感はなく。どこか寂しげたっだ…。
岩瀬は思わず、石川を呼び止める。

「教官!」
先を歩く石川は。岩瀬の呼びかけに振り向いた。

「どうかしたのか?」
「あの…俺の怪我は大した事ないですし…隊員にも怪我はありませんでしたよね?」
「そうだな…でも…岩瀬が私を庇って…」
「それは…!俺が望んだことですから!!」
「だが…やっぱり『誰かに庇ってもらう』というのは嫌なんだ…」
「…石川さん…」
「岩瀬…やっぱりSPを外してもらえないだろうか…?」
「そんな!!」
「…私は…私の変わりに誰かが傷つくのは嫌なんだ…頼むから…」
「石川さん…貴女って人は…」

今にも泣き出しそうな表情で。石川は岩瀬にお願いする。
そんな石川を思わず抱きしめた岩瀬は―

「…岩瀬…離せ…」
「石川さん…さっき俺が言った言葉を覚えてますか…?」
「…なんだ?」
「『他の誰も傷つかないように、俺がしっかり守ります』」
「…岩瀬…お前…」
「だから、石川さん。俺は貴女のSPでありたい…。今までSPとして働いてきましたが。自分から、そう強く願ったのは初めてです…。お願いですから、俺を貴女のSPとして認めてください…」
「…岩瀬…」

石川は抱きしめられたまま、動けずにいた―


    + + + +


暫く。そのままの体勢で動けずにいた石川だが―

「…岩瀬…一つだけ条件がある…」
「なんでしょう?」
「…本当に危険だと思ったら。私の事など構わずに…」
「それは!!」
「出来ないというのであれば、SPは要らない…」
「石川さん…!!」
「岩瀬…目の前で誰かが死ぬのはもう嫌なんだ…」

そう言った石川の瞳は酷く傷ついていて…
岩瀬はそれ以上何も言えなくなる…

「それが私のSPになる条件だ…」
「石川さん…それだとSPとしての資質を疑われるのですが…」
「岩瀬…【命あってのモノダネ】と言うだろう…」
「そっくりそのまま石川さんに返します…」
「岩瀬…!!」
「石川さん。貴女が何のために“教官”になったのかは解りませんが。たとえ、何かを犠牲にしても、やり遂げなければならない事が有るんではないですか?」
「岩瀬…」
「でも、何かを犠牲にするのは嫌なんですよね?だったら…」

そこで岩瀬は石川の目の高さまで屈み込み―

「やっぱり。SPをつけないと!俺だったら絶対に犠牲になりませんし。貴女を守り抜いて見せますから!」

ニッコリと自信たっぷりに笑ってみせる。


    + + + +


「岩瀬…お前…」
石川は、自信たっぷりに笑う岩瀬をジッと見る。

『…本当は、自信なんか無いのかもしれない…。ただ、私を納得させる為に言っているだけかもしれない…。でも…岩瀬。お前の言葉だと信じれそうな気がするんだ…』

そこまで思って、石川は自分の心の変化に驚く。

『…なんだ…もう既に…』

フッと。可笑しくなり思わず笑ってしまう。
強張っていた肩からも力が抜ける…
悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきた…。
だって。本当はもう…。

『この男を信じているのだから―』


黙り込んだ石川を心配そうに覗き込んだ岩瀬は。
微笑んでいる石川に驚く。

「石川さん…?」
「ふふっ… なんだか、お前なら大丈夫な気がしてきたよ…。」
「それじゃ…!!」
「あぁ…。これからも宜しくな?岩瀬補佐官」
「…はいっ!!宜しくお願いします!石川さん!!」
「…教官だ。」
「はいっ!教官」
「あ。岩瀬!くれぐれも自分の体を大切にしろよ?でないと…」
「即。解雇ですか?」
「あぁ。」
笑っていない石川の瞳は『それが出来ないのであれば、即。帰れ』と言わんばかりで…

岩瀬は一つ苦笑する。
『自分の身は守れ。誰も犠牲にするな。』か… 
コレはカナリの難題だな、でも―

「…教官…知ってますか?人は難題に挑戦する時ほどワクワクするんですよ?何時か必ず“岩瀬がいてよかった!”と言わせて見せますから!!」
そう言ってニッコリと笑うのであった。

「期待してるよ…。補佐官殿」
口の端だけで笑い、歩き出した石川の後を追うように岩瀬が付き従う。

その光景が“国会の名物”と呼ばれるようになるまで時間はかからなかった…


これが8代目教官の石川悠とその恋人であり補佐官でも在る岩瀬基寿の出会いであった―