【チェンジ!!】 A
石川が掛けた電話は、三舟に取り次がれ―
「はい。三舟です。どうかしましたか?教官」
「…三舟…すまないが、確認したい事が…」
「なんでしょう?」
「…その、私宛に委員会から何か来ていないか?」
「委員会からですか…?…あぁ…教官宛だったのでよく内容を確かめてはいませんが、書類が二通来てます。」
「すまないが、内容を確認してもらえないか?」
「私が…ですか?」
「あぁ。三舟にしか頼めないんだ…頼む。一人で見てくれるか?」
「はい…少しお待ち下さい。」
三舟が書類を捜すためにゴソゴソしている音だけが聞こえてくる―
「お待たせしました。内容は…一通が何時もの委員会の視察の件で。もう一通が… ぁっ…!!」
そこで、三舟が小さく息を呑む。それを電話越しに聞いた石川は。
「三舟?何が書いてある?」
「失礼しました。…その、教官に補佐を兼ねたSPが付く。と―」
「…名前は?」
「名前…ですか?」
「あぁ。SPの名前を…」
「岩瀬基寿。教官より一つ下ですね。ISPLに所属。先月まで環境大臣付きでした。そして、SPのライセンスはA級―凄いですね…」
「…その男の写真は付いているか?」
「はい。」
「すまないが、私の携帯に書類と写真を転送してくれ。」
「ソレはいいですが…どうかしたのですか?」
「…そのSPと名乗る男が目の前にいる。」
「え…?」
「なので、至急確認したいんだ。頼む。」
「…はい。では、直ぐに送ります。」
「あぁ。すまないな…」
「いいえ。では」
「あぁ。…あ!変わりはないか?」
「大丈夫ですよ。教官はゆっくり休んでいて下さい。」
「有り難う。じゃあ」
三舟との会話を終わらせ、石川は皐と岩瀬と名乗る男に目を向けた。
「班長、なんて?」
「…書類は来ているらしい。転送を頼んだ…」
「そっか… で、岩瀬君。君はどうしてココにいるの?」
皐は急に話題を変え、岩瀬に質問をした。
そんな皐の質問に、岩瀬は―
「今日まで休暇だったもので…買い物などに出ていました。」
「で。偶々ココに出くわした。と?」
「はい。」
「…ホントに偶然かな?」
「皐…?それは…どういう…」
石川が皐に問いただそうとした時―
石川の携帯が着信を告げた。
+ + + +
メールとは違う着信音に、石川の眉はひそめられる。
それと同時に皐の携帯も鳴り始めた…。
二人して、顔を見合わせ ― 直ぐに電話に出た。
「石川だ。」
「西脇です。休暇中スミマセン。至急戻ってきてください。」
「どうかしたのか?」
「…今はなんとも言えません…ですが、直ぐにお戻りください。」
「…解った。ココからだと…20分はかかるが。何かあれば携帯に。」
「はい。では…」
先ほどまで『大丈夫』だと言っていた三舟と。
直ぐに『戻って来い』という西脇。
議事堂で何があったかは一目瞭然で。
隣で連絡を受けていた皐も険しい表情をしている。
二人は目線だけで会話し。
目の前にいる男を見た。そして―
「すまないが、至急戻る事になった。君の事はよく解らないが…。これで失礼する。」
同時に席を立つ石川と皐に岩瀬は…
「…俺もご一緒して良いですか…?」
と問いかけた。
+ + + +
「「え?」」
岩瀬の申し出に石川と皐は同時に聞き返す。
「ですから、俺も一緒に行かせてください。」
「…君が何処の誰ともわからないのに…?連れて行け。と…?」
「そうですね…では、俺が委員会人事部長の滝田さんに電話しますので、確認していただけますか?」
「「え?」」
岩瀬は石川達の返事を待たず、電話を掛け始めた―
「すみません。ISPLから派遣された岩瀬ですが。人事部長の滝田さんはいらっしゃいますか?―」
電話を掛けている岩瀬を石川達はあっけに取られ、見ていた。
「石川さん。滝田さんです。確認お願いできますか?」
携帯を差し出され、受け取った石川は… 躊躇いがちに電話に出る。と―
携帯越しに、滝田の声がしていた。
2.3質問と確認をして、滝田から目の前の男は本物の自分のSPだという事を告げられた…。
そして、今回の人事は岩瀬本人のたっての希望。という事も―
通話ボタンを押し。岩瀬に携帯を返しながら、石川は不思議に思った事を聞いた。
「岩瀬…君は何で私の警護を…?自分で希望した、と…」
「えぇ。如何しても貴女を守りたかった―俺の手で」
岩瀬の意思を表すかのように、ハッキリと告げられた言葉は、石川を嬉しくさせるものではなかった―
+ + + +
―自分の手で守りたかった―
そう告げられた石川の表情は優れず…
痛ましそうに岩瀬を見た。
「何故だ…?何故、其処までして、私の警備に付きたいと…?」
「それは…」
岩瀬が理由を言うのを躊躇っていると。
皐が石川の腕を引き―
「悠!時間が!!」
「え?あ…あぁ。そうだな。…岩瀬…君は明日からの着任になるんだろう?今日は帰ってくれないか?」
「え?でも…」
「今は忙しい。本当に君に構っている時間はないんだ。だから、その話は明日にでも…」
「いえ!大丈夫です!だから一緒に行かせてください!!」
「…いや…だから…」
「時間がないんですよね?俺が車出します。少し待っててください!」
岩瀬は石川に最後まで言わせず、サッと立ち上がり店を出て行った―
石川と皐は、互いに見合わせ…
「…どうすんの?」
「どうも、こうも…」
「あの様子じゃ、断っても確実について来るわよ…」
「……」
石川が溜息をついていると ― 携帯がメール着信を告げた。
「…三舟からだ…!」
急いで内容を確認すると。
先ほど頼んでいた、岩瀬の履歴書と顔写真が送られていた。
そして一言添えられていた内容は―
『テロ予告です。至急お戻りください。出来ればSPと一緒に』
+ + + +
「岩瀬と一緒に…!? 何でだ!?」
「悠… とりあえず岩瀬君も一緒に連れて行ってみようよ?」
「皐まで…」
「でも、言っても聞かなさそうな岩瀬君を説得してる時間もないし…三舟班長からも言われてるんだし…。ココで時間を使ってる場合じゃないんでしょう?」
皐に痛いところを衝かれた石川は次が続かない…
石川は『仕方ない』といった表情で溜息を一つ。
そして戻ってきた岩瀬に歩み寄り―
「岩瀬。君を連れて行くことになった。着任は明日からだが、今ココで一つだけ言っておく…」
「はい。なんでしょう?」
「…私にはSPの必要がない。だから早めに次の職場を探しておいてくれ。」
「え!?」
「あ…それと、私の事は『教官』と呼びなさい。…行くぞ」
「…え…!?」
何を言われたのか、分かっていない岩瀬を置いて石川は店を出る。
そして、立ち尽くす岩瀬の背中を、皐がバシッと叩き―
「あぁ言ってるけど。私は応援するから!しっかり悠を守ってね?A級SPさん!さぁ。行くわよ?」
スタスタと石川の後に続いて店を出た皐に遅れること数瞬。
「…よっし!」
気合を入れた岩瀬が二人の後を追った―
+ + + +
議事堂に戻った石川達を出迎えたのは…
慌しく動く隊員と。危機管理局の内藤だった―
内藤の顔を見て、大体の察しをつけた石川は、難しい顔で集まっている皆の所へと歩み寄り、挨拶をした。
そこで、みんなの注目は自然と岩瀬に移っている…
「お前さんが『A級SP』だな…?」
「はい。よろしくお願いします。内藤さん。SPの岩瀬基寿です。」
「あぁ…よろしく。…ヘマすんなよ?」
「はい!」
一通り?挨拶が済むと石川は内藤と三舟から状況を説明された。
その内容は―
『今の政治は腐っている!!女どもに何が出来る!!直ぐにヤメロ!!でないと、この国は終わりだ!!』
という犯行声明にも似た文章と、今朝方官邸警備に送られてきた荷物が爆発した―という事だった。
「では最近の一連のテロは…?」
「あぁ。十中八九。こいつ等だろうな。しかも、まずい事に爆弾の性能が上がってきている…。」
「それは…爆発の威力も上がっている…と?」
「あぁ。それに…」
「それに?」
「奴ら確実にお前さんを狙ってるぞ…ホラ…」
と。内藤に手渡されたのは―
何処で撮ったのかは解らないが、明らかに隠し撮りされた“警備隊長・石川悠”の写真だった…
そして。一言。『天誅』と―
その写真を見た岩瀬は顔を顰め。皐は「…最低…」と一言だけ。
そして、当の本人は…ニコリ。とそれは美しい笑顔で―
「ふふっ…安く見られたものだな…こんな奴らに私達が…警備隊が『どうこう』されるとでも…?馬鹿にするにも程がある!!」
確実に怒り心頭な石川の様子に内藤を始め警備隊の面々は苦笑気味で。
初めて目にする岩瀬だけが非常に驚いていた―
そして…
石川は警備隊員に一斉連絡を入れる。
「警備レベルを強化。通常警備からレベル4へ変更。テロ犯行予告と見られる声明文が送られてきた。詳細は班長からの指示に従え!即行!!」
「「「はいっ」」」
+ + + +
各班長に指示を出し終えた、石川は。
「では。内藤さん…」
「あぁ。じゃあ、俺はこれで。また何か解ったら連絡するわ…。」
内藤は石川の頭にポンっと手を乗せ、一言。
「石川…負けるなよ?」
「…勿論です。…有り難う御座いました」
石川は深々と頭を下げ。内藤を見送った―
「これから通常業務に入る。…野田は…?」
石川は本来ならまだ休暇中となる、同期に目を向ける。
満面の笑みで返した皐は…
「勿論。お仕事するわよ?」と。
その答えに苦笑で返し、石川は「…頼む。」と。
そして、岩瀬に目を向けた石川は―
「君は…」
「では、早いですけど、俺も仕事に着かせて下さい!」
「…は…?」
「その為に俺はココに来たんですから!」
「いや…でも…私はSPは要らないと…」
「でも。委員会は必要だと認めたから、俺を派遣したのですし。お試しでも使ってみませんか?」
「…お試し…」
岩瀬の言葉が可笑しかったのか、石川はクスリと笑い―
「じゃあ。『お試し』とは言わないが…。私に付いて来れるのであれば…足手まといだと判断したら、即。帰ってもらうからな」
「はい!!よろしくお願いします!!」
「三舟。すまないが岩瀬に制服を…」
「はい。…宜しくな。岩瀬」
「はい。よろしくお願いします!三舟さん」
「では。私達も着替えを…」
そう言って、石川達は管理室を出た。
+ + + +
制服に着替えて、管理室に戻ると―
「教官!Nゲート付近で不審物発見!」
「爆発物か?」
「現在確認中。哀川と池上が確認しています。」
「教官!不審物が宅配便に紛れていました。宛先の総務は『頼んでいない』と…。発送元の会社も偽名です。」
「…解った…。森繁。宅配物を頼む。私はNゲートに…」
「危険です!!」
「解っている。だが、指を咥えて見ている訳にはいかないだろう?」
「ですが…」
「三舟。Nゲート付近の避難状況は?」
「…完了です。搬送ゲートは、あと3分で完了です。」
「解った…。避難完了後、搬送ゲートへの通路は一時完全に遮断。シャッターを下ろせ。Nゲート付近の隊員以外は立ち入り禁止。他の隊員は班長の指示に従え。他にも爆発物があるかもしれない。室管理はNゲート付近の録画チェック。不審者を洗え。以上。即行!!」
「「はいっ」」
指示を出し終えた石川は、直ぐに管理室を出ようとする。
その後姿に、三舟は―
「教官…お待ちしています…」
「あぁ…。後を頼みます。行くぞ…」
「はい」
岩瀬が石川の影のように付き従う。それを見た三舟以下、室管理班は―
『…大丈夫って気がしてきた…』 と思ったとか…
+ + + +
岩瀬は石川の後を走りながら、疑問に思っていたことを口に出す。
「石川さん!」
「…教官だ。」
「教官。何故、自ら危険に飛び込むんですか?」
「…それをお前が聞くのか…?」
石川は自ら危険な仕事へと志願した岩瀬を、少しからかう様な口調で聞いた。
聞かれた岩瀬は苦笑して。
「それは…そうなんですが…」
「岩瀬…私は守られるだけじゃない。皆と同じ目線で仕事をして、一緒に守りたいんだ…だから…」
岩瀬は返ってくると思っていなかった、石川の意外な答えに驚く。が―
「教官らしいですね…」
微笑みと共に、ポツリとこぼした。
石川はその外見と同じように清廉な気質なのだろう。
―守られるより、守りたい。皆と一緒に―
石川の真剣な思いが周りの皆に移っていくから、どんな困難にも立ち向かえるし、警備隊は強くなれる。
岩瀬は警備隊の強さの秘密を知ったような気がした。
岩瀬は目の前を走る、小柄な女性の背中に尊敬の眼差しを向ける。
―貴女はこれまでどんなに辛いことがあっても、前を向いてきたのですね…。これからは俺が貴女の背中を守りたい…!!―
思いを新たに。岩瀬は石川の後を付いていく事を決めた。
+ + + +
「石川だ、Nゲート到着。今から解体する。付近の者は退避。」
「了解」
「森繁。そちらは?」
「搬送ゲートに着きました。こちらも解体始めます。」
「頼んだぞ。」
「了解」
石川は通信を切って、爆発物と思われる20cm四方の箱へと近づく。
その後ろを岩瀬が付き従っていて―
「…岩瀬、危険かもしれない…下がってろ。」
「教官…俺は貴女のSPなんですけど…?」
「…でも…自分の代わりに誰かが傷つくのは嫌なんだ…!!」
「…では、誰も傷つかなければいいんですね?」
「なっ…!?」
「大丈夫です。しっかり守りますから!作業に集中していてください。」
「……」
石川は岩瀬の自信たっぷりさ加減に呆れるやら、可笑しいやら…
「…危なくなったら、逃げろよ。」
とだけ言い残し。作業へと集中していった―
そんな石川の背中を見て、岩瀬は苦笑いする。
『だから、貴女を置いては逃げれませんって…』
幾ら言っても。SPを認めようとしない石川の気持ちは、なんとなく解る。
自分が傷つくのは気にしないが、他の人が傷つくのは耐えられない―か…
それでも石川悠は警備隊に必要不可欠な人物なのだ。
他の誰かを盾にしてでも…