【そして君に会いに行く】B
「良い知らせと悪い知らせ―どっちから聞きたい?」
そんな内藤に会議室は一瞬静まる…
そして。
石川が口を開く前に、西脇が…
「どっちでもいいですが… その『良い知らせ』は後に聞いても『良い知らせ』のままなんですよね?」
と、少々穿った意見を述べる。
それに対し、ニヤリと笑った内藤は―
「良いカンだな、西脇」
「…食えない人だ…」
「何か言ったか?」
「いえ…」
西脇の小さな呟きを耳ざとく聞きつける内藤に、軽く舌打ちをして…西脇は石川を見る。
それに気付いた石川は、苦笑つきで内藤へと向きやり。
「内藤さん、では『良い知らせ』からお願いします。」
「そっちからか…わかった。」
予想外の選択に軽く目を見開いた内藤は、ガシガシと頭をかき…
「『良い知らせ』かどうかは、自分達で判断してくれ。」
「…はい」
「今朝の犯行声明分だが…テログループの主犯は3人。これは3人とも拘束済みだ。」
「…早いですね…」
「あぁ。前から目をつけていたグループでな…」
『良い知らせ』の内容は以外にも、主犯格の逮捕。であった…が。
内藤の表情は優れず…それを不審に思った石川も難しい表情だ。
そして―
「では、あの声明文は…」
「あぁ。奴らの手下どもの犯行だな。そして…」
「そして?」
「これが『悪い知らせ』なんだが…奴らの計画は動き出している…と」
「計画?」
「あぁ。詳しい内容はまだ聞き出せてないんだが…どうやら、実行犯は別にいるらしい…」
「それは…」
内藤の言葉に一同は沈黙する。
そして静まり返った会議室に、内藤の携帯が鳴り響き―
携帯で二・三言、話した内藤は苦りきった顔で、一言。
「今入った知らせだ。つい先ほど、総理の乗った車が狙撃された。」
+ + +
「総理が…!?」
「あぁ。幸い総理に怪我はないようだが…」
「…SPですか?」
石川の鋭い突っ込みに、内藤は渋い顔つきで…
「あぁ。一人が重傷。二人が軽症だそうだ。命に別状がないのが救いだな…」
「そうですか…」
又もや、会議室が重い沈黙に支配されようとした時―
石川の凛とした声が響く。
「私達のやるべき事は解りきっているだろう?」
「「「教官…」」」
「先ずは、テロ対策・そして防御。…常に受身だが、それでも私達は負ける訳にはいかないんだ…!」
「「「…はい!」」」
「だったら、相手が何者か解っているだけでも、随分と楽になる。そうだろう?」
「「「はい」」」
石川の一言一言が皆の緊張を解す。
そして−
「私達がテロに屈することはない。だから、皆も…頼む」
「「「はい」」」
「では…内藤さん、他に情報は…」
「あるぞ。」
「お願いします」
一瞬の動揺を一言で静めた石川に笑いかけ、内藤は…
「あぁ、それに俺たちもついてるからな。」
「そうですね。頼りにしています」
石川は内藤に頭を下げるのであった−
+ + +
会議を続け始めた内藤に石川が問いかける。
「では、実行犯の人数などは解っていないのですね?」
「あぁ。だが、絶対にはかせるからな!!」
「宜しくお願いします。…目的は…やはり?」
「そうだな…」
内藤は苦虫を潰したような表情で、石川を見た。そして―
「宛名が岩瀬になっていた事なども考えると…狙いは石川。お前だな。そして岩瀬、お前も…」
「そうですね」
内藤の言葉にも淡々と答える石川を、西脇や皐は呆れ半分。心配半分で見る。
そして岩瀬は…
「いし…教官!貴女がターデットなのですよ?もっと…」
「いつもの事だ。それより、岩瀬。お前も狙われているんだから気をつけろよ?」
「教官!!」
全く取り合わない石川の態度に痺れを切らした岩瀬が声を張り上げた。
だが、石川は軽く眉をひそめ―
「岩瀬、会議中だ。静かにしろ!」
+ + +
岩瀬を睨みつけるような形になった石川に西脇が助け舟を出す。
「教官、岩瀬。その話は後で…」
「あ、あぁ…」
「はい…」
二人とも、水掛け論になっていることに気づいていたので、そこで会話は打ち切られる。そんな二人を見て内藤は―
「二人とも、隊にとっても重要な人物なんだぞ?石川ももっと自分の事を大事にしろよ?」
「…はい…」
石川は、内藤の言葉に渋々ながらも頷いた。
「…でもなんで岩瀬の名前を使ったのかな…?」
「野田?」
「ん…不思議だったんだけど…教官を狙うんだったら、教官の名前でもいいんじゃない?なのに何で、わざわざ岩瀬の名前なのかな…」
「あぁ…そこは少しひっかかるな…」
「でしょう。」
皐の意見に西脇がうなずき、そして二人で岩瀬を見る。
二人の視線を受けた岩瀬は―
「不思議ですよね…俺のプロフィールなどは調べても出てこないようになっているんですが…」
「内通者が…?」
「その可能性も捨て切れませんね…」
『内通者』つまりは自分達が守るべき人の裏切りの可能性もある…ということだった。
正直、それは警備隊にとってキツイ状況であるのだが…
「まだ、そうと決まったわけではない。可能性の一部だ…」
「教官…」
「他にも可能性がある以上、うかつな判断で動くと命に関わるからな…」
「・・・・」
「内藤さん、コレまでに解っている事は以上ですか?」
「あ…あぁ。」
「…そうですか…では。解散、各自持ち場へ戻ってくれ。」
「「はい」」
バラバラと出て行く隊員たちを見送りながら、石川がポツリと呟く。
「内通者…か。」
そんな石川に岩瀬が声を掛けようとすると―内藤が岩瀬の背中を叩き
「なんだ?岩瀬…お前がそんな顔をしても仕方がないだろう!しっかりしろよ!!」
「ですが…内藤さん」
「岩瀬…お前さんがそんな顔をしてたら石川が心配するだろう?」
「え…」
「お前さんは『何があっても大丈夫』だと、石川に信じさせてやることが大事なんじゃないのか?」
「内藤さん…」
内藤からの意外なアドバイスに、岩瀬は驚きを隠せないが…
一つ苦笑して。
「有り難う御座います!」
「いやいや。…ガンバレよ?岩瀬…」
「はいっ!!」
「じゃ。俺も行くわ。また連絡入れる…石川…?」
「はい…大丈夫ですから…」
「あぁ。じゃあな。」
「「はい」」
去っていく内藤に頭を下げ、石川と岩瀬も会議室を後にした―
+ + +
考え込んで動かない石川を心配そうに見た岩瀬は、石川の思考の邪魔にならないようにそっと声を掛けた。
「…教官?」
「…おかしいと思わないか?」
「…今回の事件ですか?」
「あぁ。…なんだか腑に落ちない…」
どうにも、『何か』がおかしいと。己の勘が訴える。
それを整理したくて、石川は岩瀬に聞かせるでもなく声に出していた。
「どういったところが…?」
「…まず、最初の事件だが…」
「総理が狙撃された事件ですね?」
「…本当に総理が狙いだったのか?」
石川の大胆な考えに、岩瀬は一瞬、言葉が詰まる。
「それは…」
「総理を狙う―それは、奴らの目的の一つだろうが…その割にはSPが重傷と軽傷ですんでいる。そして、野田も言っていたが、岩瀬宛の郵便物。一体、何が目的なんだ?テロの手段としては、どうもゆるいというか…。今までとはどこか違う…これでは、まるで―」
「ゲーム…ですか?」
「西脇」
「西脇さん」
突然、割って入った声の主を、石川と岩瀬は驚きながら呼ぶ。
それに、軽く肩をすくめるだけで返し、西脇は石川へと歩み寄ってきた。
「ゲーム…そうだな、その感覚が一番近いか…」
「私も気になったので、調べてきたのですが―」
「…随分と早い『調べ物』だな…。今朝の話はそれか…」
「えぇ。まぁ…」
「…西脇…」
石川と西脇だけで通じている。その事に岩瀬は嫉妬心を抱くが。
今はそんな時でなく―
フルリと。頭を振り、話へと意識を集中した。
+ + +
石川を挟んで、三人向かい合って話し始める―
「で、何が解ったんだ?」
「今回の主犯の一人、『三田智(みたさとる)』は以前、違うテログループで活動していたのですが…」
「なんで分かれたんだ?」
「『意見の違い』という噂ですが…」
「テログループで『意見の違い』?」
「まぁ本当のところは解らないんですが…ヤツは『同じ理想』の仲間を集め、現在のグループを作ったらしいです。」
そこで、一つ眉を顰めて、西脇はもう一つの噂を話した。
「それと…もう一つ気になる噂なんですが…」
「噂?」
「えぇ、その三田が以前活動していたグループから一緒に離脱した数人の中に『マスター』と呼ばれる人物がいたらしく…そいつは素性も何も解ってはいないのですが…仲間内には『ジーン』と呼ばれていたそうです。こいつにもイロイロな噂があるんです…」
「噂ばかりだな…」
「まぁ、そこは仕方ないですよ…」
ハッキリしない話ばかりで、石川は思わず溜息をつく。
「で?ジーンの噂は?」
「えぇ…一つは10代の女性。もう一つは以前ロスで活動していたらしく…」
「少女…?」
「はい…そして、他にもロンドンに居たとか…不確かな噂ばかりなのですが…その中でもこの二つは信憑性の高い物ですね」
「ロス…岩瀬か…」
「え…?オレ…ですか?」
「あぁ。そのジーンはお前を知っているんじゃないのか?」
「…記憶にありませんが…」
「そりゃそうだろう。その『ジーン』すらも本名かどうか…しかも性別・年齢ともに不明なんだぞ?知っている方がおかしいだろう…」
「それもそうですね…」
西脇から軽く呆れた視線を向けられ、岩瀬は苦笑いする…
そして軽く目を伏せていた石川は、顔を上げ―
「西脇…報告はそれだけか?」
「えぇ…今のところは」
「…すまないが、引き続き情報収集を頼む。」
「はい」
「岩瀬」
「はい」
「お前は…何か思い出したら言ってくれ。」
「はい…」
「このまま通常業務に入る。」
「「はい」」
そして、三人は会議室を後にしたのだった…
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