【チェンジ!!】 @



「教官!そちらは危険です!!」
「大丈夫だ。それより…」

―どぉぉぉん…―

石川の言葉に被るように爆発音がした―

「教官!?教官!!」
「Nゲート付近の隊員は至急、教官を!!」
「はいっ!!」

葵総理という初の女性首相を迎え、石川悠というDG初の女性教官をTopに迎えた国会はテロの格好の標的となっていた。

テロ曰く。『女に何が出来る?』と―
そんな一昔・二昔な考えでテロという卑劣極まりない手段に出る人間と警備隊は日々戦っていたのであった。

「教官!!無事ですか!?」
外警班長である西脇からの無線に小さく声が答える。
「…あぁ…なんとかな…」
「…はぁ… 今、隊員が向かっています。それまで動かないでください。」
「…解った…」
そこで通信が切れ、西脇は深い溜息をついた。

『よかった…』
西脇は同期で上司である石川の答えに心から安堵していた。
『隊を立て直すのだ。』という彼女の言葉に賛同し。
自分が彼女の支えになろう。と決めたあの日から幾年経つのだろうか…
そして、自分は【外警班長】に。彼女は【教官】に。
確かに支えにはなっているのだろうが…。実際は危険と隣り合わせの彼女に何の手助けも出来ていないのでは?と思うこともある。
今がそうだ―
テロの標的となる、彼女を支える新たな人物が欲しい。と切に願うほどに…


     + + + +


「教官!!無事ですか!?」
「あぁ…こっちだ…」
石川の声に外警班の数名が駆け寄る。
爆発の煙の中には間一髪で難を逃れた石川の痛々しい姿があった―

「教官!!大丈夫じゃナイじゃないですか!!」
「コレぐらい平気だ。それより犯人は?」
「現在、追跡中です。」
「私はいいから、犯人の追跡を!手の空いている者は他に怪我人がいないか調べろ!即行!!」
「はいっ!」
石川の指示に従って一斉に隊員が散らばっていく。

そんな中―外警管理室にいた西脇が駆けつけてきた…

「教官。メディカルルームへ行きましょう!」
「西脇…コレぐらい大丈夫だ。お前も犯人確保へ!」
「いいえ…貴女をメディカルルールへ連れて行くのが先です。」
「…西脇…。一人で行けるから…」
「信用なりません。」
「西脇。私の指示は?」
「犯人確保です…」
「だったら行け。そして一刻も早く確保しろ!」
「…貴女がおとなしくDrのところへ行ってくれれば、確保しに行きますが?」
「西脇!!」
「…ご自分で行かれないというのであれば、私が抱えて差し上げますが?」
西脇の譲らない瞳に石川がやっと折れる。

「…自分で歩ける…」
そんな石川に苦笑して、西脇は…

「肩ぐらいお貸ししますよ…」
そう言って石川の腕を掴み、肩にかけた―


     + + + +


西脇に肩を支えられ、メディカルルームへ行った石川を迎えたのは、怒った表情の橋爪であった―

「石川さん!貴女はまたこんなに怪我を…。この前の怪我が治ったばかりなのに…」
「ゴメン…Dr」
石川は何故かこの橋爪という内科医に弱く…
まるで怒られた子供のように所在無く、ソワソワしていた…

「石川さん、貴女が現場を大事にするのは良い事です。が、貴女はご自分の体も、もっと大事にするべきです。」
「…皆 心配性だな…」
石川のポツリと漏らした言葉に橋爪は眉をひそめる。
そして、諭すように石川に語りかけた―

「それだけ、貴女の事が大切なんですよ?石川さん」
「Dr…」
「だから、ね…?」
「うん…ありがとう…ゴメンナサイ…」
橋爪の言葉をやっと素直に聞き入れた石川はコクリと頷き、謝った。
そんな石川の姿を苦笑気味に見て。

「石川さん、謝る相手が違いますよ?取り合えずは…」
橋爪はメディカルルームの入り口に凭れ掛かって石川を待っている西脇に視線を送り…

「そこで難しい顔をしている人に謝ってはどうでしょう?」
と、石川にコッソリ囁いた。
囁かれた石川は…吃驚した顔のあと、綺麗な眉をひそめ―

「西脇に…? あいつ今怒ってるから…話しかけにくいんだ…」
「だからですよ。」
「Dr…楽しんでない…?」
「そんな事はありませんよ?さあ。」
橋爪は石川の手当てを終わらせ、背中を押した―


     + + + +


「…西脇…ゴメン…」
「…どうかしたんですか?教官…」
突然謝られた西脇は、軽く目を見開いて石川を見た。

「…Drが『謝る相手が違う』って…」
「あぁ…」
そこで西脇は石川の後ろで微笑んでいる橋爪を見た。
そして―

「教官はDrのいう事は聞くんですね…これからはDrに注意してもらいましょう…」
「西脇!?」
「西脇さん!?」
石川と橋爪は驚いた様子で西脇の名前を呼ぶ。

「…冗談です。」
苦笑しつつ西脇は二人を見た。
そして、真面目な顔で石川を見直し―

「教官。Drの言うとおりです。少しは自分の体を大事にして下さい。」
「…解ってるって…」
「…その言葉も何度聴いたか…」
「!!西脇…」
西脇の苦言に顔を赤らめた石川は、軽く睨んだ。

そこで、無線が鳴る。

-ピッ-
「石川だ。」
「教官、三舟です。先ほどの犯人ですが、全員確保しました。」
「そうか。他に怪我人は?」
「本木が腕を擦り剥いた位です。教官は?」
「私は大丈夫だ。今、処置が終わった。直ぐに中央に戻る。」
「はい。」
-ピッ-

三船からの短い報告を聞き終えた石川は橋爪に向きなおした。

「Dr。何時もすまないな…ありがとう。」
「いいえ…石川さん…先ほどの事を忘れないでくださいね…?」
「あぁ…じゃあ」
西脇を促し、石川はメディカルルームを出た。


     + + + +


「教官。大丈夫だった…?」
中央管理室に戻った石川に最初に声を掛けたのは同期で室管理副班長の野田皐であった。
彼女とは訓練校からの付き合いで、気の置けない仲間の一人だ。
皐は石川にとって親友であり。姉でもあり。妹の様な存在でもあった。
そんな皐に心配そうに声を掛けられ、石川は苦笑気味に答えるほかはなく―

「野田…ありがとう。大丈夫だから」
「…そっか…無茶も程ほどにね?」
「うん…」
皐は石川が自分で納得しない限りは、言っても無駄なことを解っているのでそれ以上は何も言わなかった。

石川はそんな野田の考えを知ってか知らずか…
さっさと三舟の方に向かって報告を促していた―

「三舟。その後どうなっている?」
「犯人は5名。内2人が爆弾を所持。残りの3人は改造拳銃等を所持していました。現時は地下の檻に収容しています。」
「そうか。警察は?」
「あと5分で到着予定です。」
「解った。その他に異常は?」
「爆発でNゲートの監視カメラが故障したぐらいです。これも教官の“強運”のおかげですね。」
「…どうかな…」
三舟の冗談とも本気ともつかない言葉に石川は困ったように笑う。

石川で8代目になる教官は、歴代の教官が一年内に殉職している事で、その過酷さを物語っている。
だが―石川は違った。
石川が教官になってもう一年以上が経つ。
それが“強運”と呼ばれる所以だった―

石川が物思いにふけっていると―

「教官、警察の方が到着しました。」
「解った、Eゲートに誘導。直ぐ行く。じゃあ三舟、後を頼む。」
「了解。」
それだけ言うと石川は中央管理室を後にした。


     + + + +


犯人を無事、警察に引き渡したことで、事件は一応の決着をつけた。

石川が遅い夕食をとる為に食堂へと向かっていると―
後ろから声を掛けられた。

「教官!」
「…なんだ…皐か。」
「お疲れ様。…怪我本当に大丈夫?」
「うん…見た目ほど酷くないから…」
「…どうかした…?元気ないよ?」
「そうかな…?」
「うん…。あ!もしかして又『テロは自分のせいじゃ!?』とか考えてない?」
「え…そんな事はないけど…」
「…やっぱりね…悠の事だから、自分を責めてるんじゃないかと思った…」
そこで、皐は足を止め、石川の肩を抱いた。

「いい?悠…。貴女が責任を感じる事ではないのよ?」
「でも…」
「あのねー。テロなんかのいう事を一々真に受けてたら体が持たないんだからね!!あいつ等のいう事なんか無視よ。無視。大体、卑怯な手段しか出来ないような輩に、『国がどう。』とか『国家がなんたら。』って言う資格なんかないの!だから、悠が気に病むことじゃないわ!!」
「そうだぞ。石川。お前が気にすることじゃない。」
「「西脇!」」
突然、会話に入ってきた声の主を二人して振り返る。

「だから、そんな顔するな。」
西脇は横を通り過ぎる時、石川の髪をクシャリ。とした。
そして―

「二人とも夕飯まだだろう?行くぞ」 と。

そんな西脇と皐の心使いが嬉しく、石川の表情は綻んでいた…


     + + + +


遅い時間になっても、食堂は喧騒と笑顔に溢れていた―

「あ!お疲れ様です!!教官」
「怪我、大丈夫でしたか?」
等等… 石川に向けられる言葉が飛び交う。
そんな中、石川は一人ひとりに答えを返しつつ、カウンターへと向かっていると…

「お前達…教官は疲れてるんだから、質問は程ほどにしろよ。」
と、食堂の主である岸谷が苦笑しながら石川に助け舟を出す。
そんな岸谷の言葉に話しかけていた隊員たちは、直ぐに石川に「すみません」と謝り元の席へと戻っていった。
そんな隊員の姿を見て石川は苦笑する。

『まるで、お父さんみたいだ…』
そう思っていることを悟られないように岸谷へと近づき…

「ありがとう…。岸谷」
「いえ。…お疲れ様でした。」
その言葉と共に差し出されたトレーを受け取り。皐たちが待つテーブルへと進んだ。

夕飯を食べながら、今日の事件の報告等を聞いていると―

「…あのね…折角、美味しいご飯を食べてるんだから、仕事の話はナシ!!」
「皐…」「野田…」
「さー。明日の事でも話しましょ?」
強引に話を終了させ、話題を変えた皐は、明日の休暇の事にふれた。

明日は久々の休日で。皐と一緒に買い物に出かける予定にしている。

「悠…何処行く?」
「え…?皐が行きたい所でいいよ?」
「…また、そんな事を言う…。たまには我が侭言っていいんだよ?」
「え…っと…よく解らないし…」
石川の答えに溜息をつきつつ、皐は…

「ほんと興味ないよね?この手の話には…。仕方ないか。じゃあ、明日9時に出発!って事で。」
「あぁ…」
サクサクと話を進めていく皐を軽く感心しながら、見ていた石川は。
まだ知らなかった、明日、出かけた先で出会う、一つの運命に―


     + + + +


その日は朝からいい天気で。絶好のショッピング日和だった。

「いってきます!」
「あぁ。気をつけて。…教官も。」
「あぁ。後を頼む。」
西脇に見送られ、石川と皐は二人で出かけた。

「久々だよね?休みが。」
「あぁ…二週間ぶりぐらい…か?」
「…ホント働きすぎ。もっと自分の体を大事にネ!!」
「はいはい。」
「返事は一回!」
「はい。」
そこで二人して笑い会う。

ソレからは、気兼ねない会話を楽しみながらの買い物となった―

休憩をカフェで済ませ、もう一軒お店を覗きに行こう!となった時。
事件は起こった。

「きゃっ!!」
「下がれ!下がらないとこの女を刺すからな!!」

店の入り口付近で、興奮した男が近くに居た女性を捕まえ、ナイフを振り回していた。

「悠…!」
「あぁ。…下手に刺激しないように動くぞ。」
「うん。」
二人で目配せし、行動に移る。
先ずは石川が男の気を引き、生じた隙に皐が女性を救出。というプランだった。

ジリジリと、男の方へと近づき、距離を詰めていく。
その間も男は女性を離す様子もなく、意味不明な事をわめき散らしている…
そして、十分に距離が詰まった時。
石川が手近にあったフォークをワザと落し、男の気を引いた。
ソレと同時に皐がナイフを持っている男の手を掴み、片手で女性を引き寄せた。

「悠!!」
「失礼。」

皐の合図と同時に、石川の回し蹴りが男の顔にヒットする。
男は抵抗する間もなく、後ろに倒れこんだ―


     + + + +


無事に女性を救出した謎の二人組みに、周りの皆は好奇の目と賛辞を送る―

そして、助けられた女性は、安心したのか皐にすがり、泣き崩れる…
そんな女性を宥めようと、皐も石川もソチラに気を取られていた―

そんな中。

石川がノックアウトしたはずの、犯人がムクリと起きだし…
自分を倒した石川めがけて、突進してきた。

石川が犯人に気付いた時は、既に遅く―

『浅かったか…!!間に合わない…』

石川は自分の失態に舌打ちしたい気分だが。
そんな暇もなく… 皐と被害者の女性を押し遣るしか出来なかった。

『やられる!!』

そう思った瞬間―自分の前に大きな背中が現れ
そして、犯人を取り押さえた。

「誰だ!?」  ―わぁっ―

石川の誰何の声と周りの歓声が混ざり―
石川を助けた人物には届かなかった。が…

「大丈夫でしたか?」
と、振り向いた人は… 

大きな体と優しい瞳で石川を見下ろしていた―

「あぁ…有り難う、大丈夫です」
とりあえず、お礼だけを言い。

「あの…貴方は…?」
自分を見下ろす男に、不審な視線を向ける。

『自分が反応するより早く、この男は反応していた…何者だ?』
石川は、その事が気になっていた。

仮にも自分は警備隊の教官をしている。その自分が ― 油断していたとはいえ、反応し切れなかった事態に、易々と反応している人物。
怪しく思っても仕方ないことだろう…

そんな思いが顔に出ていたのか、男は苦笑しながら…

「妖しいものではありません。俺は岩瀬基寿と言います。石川さん貴女のSPです。」 と…


     + + + +


石川のSPと名乗る男は、ニコニコと笑顔を絶やさずに目の前に座っていた…

あれから、犯人を警察へ引き渡し。(その時も何故かこの男はピタリと背後についていた…)
そして、混乱する自分と興味津々の皐と笑顔全開の岩瀬と名乗る男。
この三人でテーブルを囲んでいた…

最初に口火を切ったのは−皐だった。

「で、岩瀬さん?貴方は悠のSPだと…?」
「はい。と言っても、正式に配属されるのは明日からですが…」
「・・・・」
「えーっと…君は一体何処に所属してるのかな?」
「ISPLに所属しています。」
「…確か…先月まで環境大臣付じゃなかった…?」
「はい。で、明日からは石川さんのSPです。」
「…聞いてない。」
照れながら、でも、嬉しそうに話す岩瀬の言葉を遮るように、石川がポツリと漏らす。

「「え?」」
「私はそんな話を聞いてない。だから、君の事は信じられない。」
石川は岩瀬を真っ直ぐに見て。ハッキリとそう言った…

『信じられない』とキッパリと言われた岩瀬は…
ニッコリと笑って、切り返す。

「じゃあ、DGに連絡してみてください。多分、委員会から書類が回ってるはずです。」
「…とりあえず確認してみれば?悠。」
「…そうだな…」

石川は渋々ながら携帯を取り出し。DG本部へと掛けた−