「隊長、太子の車が到着します」
「了解」

三舟からの連絡とほぼ同時に黒塗りのベンツが正面ゲートに到着する。
そして後部座席のドアが開き、ゆっくりとE国王太子、ジョセフが顔を出した。
ジョセフは石川と岩瀬の姿を認めると、薄っすらと微笑んで…
そして、出迎える二人と並んだ時、流暢な日本語で挨拶をした―

「Mr石川、今日は私の我が侭を聞いてくださって…有り難うございます」

直接話しかけられるとは、思っていなかった石川と岩瀬は驚きを露にする。
しかも流暢な日本語で―。

「いえ…」

石川達の戸惑いに微笑んで、ジョセフはゆっくりと手を差し出し、握手を求めた。

「お二人ともお忙しい中…すみません」
「いえ…こちらこそ、太子直々に視察していただけると…光栄です」

戸惑いながらも、握手に応じた石川の手を予想以上の強さで握り締めたジョセフに石川はハッと顔を上げる。

「太子…?」
「石川さん…後で話が」
「!?」

声には出さず、口をそっと動かしたジョセフの唇を正確に読み取った石川は、驚きの余り一瞬目を見張るが―。
瞬き一つを返事の代わりにし、何事もなかったかのように微笑んだ。

「では太子、我々が議事堂内を案内します…」
「宜しくお願いします」


   + + +


一国の王太子と隊長、補佐官の華やかな一行は議事堂から議員会館へと歩みを進めていた。
その一つの部屋の前で、太子はふと歩くのをやめ…

「石川さん…」

前を歩いていた石川と岩瀬へ声を掛けた。
呼ばれた石川は太子を振り返り…素早く無線に手をかけ―。

「三舟…石川だ。これから1階W館3-Dルームを使用する。カメラと音声を切ってくれ。
…あぁ、大丈夫だ。その件は篠井へ…その他は通常通りで…終わり次第連絡する、じゃあ後は頼んだ…」

三舟に軽く指示を出し、石川はドアを開け室内へと向きを変えた。
そして、太子へ椅子を進め、自らは向かい側へと立った。
太子はたった一言で一瞬にして状況判断し、的確な指示を与える石川の姿に驚いていた。

『噂には聞いていたが…これほどとは…嬉しい誤算だな』

太子の顔に浮かぶ笑みに気付いた岩瀬は、一瞬眉を顰める。
そして、今朝。
委員会からの連絡の後、西脇からもたらされた情報を思い出していた…


   + + +


「隊長…E国の件ですが」

委員会からの突然の連絡後、そっと石川と岩瀬の無線へと流れていた声は西脇のものだった。

「…今、どこだ?」
「第5会議室です」
「…解った、直ぐに行く」
「はい」

簡潔なやり取りの後、石川は岩瀬へと目配せをして…

「全班長へ。30分後に第5会議室へ集合」

そして、背後に佇む篠井とマーティへ視線をめぐらせ―。

「二人は今すぐ来てくれ。その間、センターは…三舟が指揮を」
「…はい」
「了解しました」

返事を聞いて、石川は中央管理室を出た。


第5会議室には西脇と宇崎、クロウの姿がいて―。


「待たせた」
「いえ…こちらを」

石川達は数枚の書類を手渡され、ざっと眼を通した。
読み進めるうちに石川の瞳は驚きに開かれるのだが…

「これは…」
「一部の報道機関が得た情報ですが…信憑性は高いと思います」
「…間違いないのか?」
「はい…」
「そんな…このままだと…E国は…」
「…内戦状態に入りますね…」

言いよどんだ石川の後をついで、西脇が言葉にする。
西脇の言葉に周りの岩瀬達も驚く。
書かれた文字を言葉にすると、それがどれ程現実味を帯びていなくても、重く圧し掛かる…
重い沈黙を宇崎の声が破る―。

「ねぇ…なんでこの時期に太子は来日したんだろう…」
「…それは…」
「亡命の準備か…」
「もしくは、スポンサー探しか…」

クロウの言った一言で、更に空気が重くなる…
が、そこに石川の一言が響く―。

「篠井はどう思う?」
「私ですか…?」
「あぁ、先日太子と一番長く話したのは篠井だし…それに世界情勢にも詳しいだろう」

突然振られた話の矛先を篠井は何事もなく受け取る。

「…確かに現在のE国は不安定です。テロが潜伏しているという噂もありますし…それに」
「それに…?」
「どうやら政権交代するという噂もあります。」
「政権交代…」
「ジョセフ太子の父上が国王ですが、現在危篤状態だとか…」
「危篤…」
「そして、E国はバイオテクノロジーで知られている国です。テロの標的としては最高の国でしょう。」
「つまり…政権交代と共にテロ支援国家にしたてあげ、しかもバイオテクノロジーまで手に入れる…と?」
「えぇ…」
「じゃあ、やっぱり太子は内戦のスポンサー探しに…?」

篠井のもたらす情報が更に空気を重くさせる。
そんな空気の中…

「俺は…そうは思わない」
「隊長?」
「…太子は内戦を防ごうとして来日したんじゃないかと思うんだが…」
「それは、石川の直感?」

クロウが揶揄するような瞳で問いかける。それは―。
今、ここで下した判断が今後の警備隊に影響するからだ…
そんな、クロウの瞳をしっかりと見て―。

「直感だし…太子とは一回しか会っていない…でも、間違っていないと思う」

キッパリと言い切った石川にクロウは肩をすくめる。

「…こうなった石川は誰も止められないからな…」

まるで、石川の言いたいこと全てを理解しているようなクロウの言葉に西脇と宇崎は苦笑を漏らす。
篠井とマーティは、成り行きをじっと見守っていて。
黙りこくっている岩瀬を振り返り、石川は…

「すまない…また迷惑を掛けることに…」
「いいんですよ。隊長の事は俺が守りますから…貴方の思った通りに行動してください」

岩瀬は微笑みながら石川の肩へと手を置く。
そんな岩瀬の心遣いを嬉しく感じ…石川は薄っすらと微笑んだ。

「ありがとう…皆」








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