【仄かなぬくもりだけを溶かし込もう。】
- ほんとうは遠くで -
本当は、遠くで温もりを感じるだけでよかったんだ。
きっと、その方が苦しまずに済んだのに。
それ以上を望んだのは…
俺か?
お前か?
それとも両方か?
安らぎを与えたのは、お前の罪で。
それを受け入れたのは、俺の罰だ。
だから、二人で行こう…
最後のその日まで。
- 覗きこんで 竦んだ -
足元に広がる暗い闇。
その暗闇を覗き込んで、思わず竦んだ。
それほど、深くて広い闇。
どこまでも続きそうな暗闇の中―
力強い腕が自分の体を包み込む。
それは、とても慣れ親しんだ感触で。
石川は安心の溜息をつく。
それほど安心できる腕の持ち主は、この世で只一人。
基寿。
愛しい恋人の名前を呼ぶ。
それは、さながら…暗闇を払う魔法の言葉。
- 彼を滲ます悪いやつ -
「…ッッ…!!」
突風が吹きぬけた後、石川が右目を押さえて立ち止まる。
それに気付いた岩瀬は…
「大丈夫ですか?隊長」
「…眼にゴミが入っただけだ…」
ゴシゴシと眼を擦ろうとする石川の手を遮り、岩瀬が石川の顔を覗き込む。
そして―
「失礼します」
石川の頤を軽く持ち上げ、チュッと右目のゴミを取る。
その唇で。
一瞬の出来事で、反応が遅れた石川は…
「なっ…!岩瀬っ!?」
「ゴミ、取れましたか?」
「取れたけど…もっと他に方法が…」
石川の言葉を遮り、岩瀬がニッコリと微笑んで。
「コレが一番確実で早いです」
そんな岩瀬の言い分を聞いて、石川の頬が赤く染まる。
そして、潤んだままの瞳でボソリと呟いた。
「……ありがとう。でも、今度から違う方法にしてくれ…」
果たして。
罪作りなのは春の風か、それとも岩瀬の行動か…?
- 波ははじめ風だった -
あるとき、石川が岩瀬に問いかけた。
『なぁ…基寿』
『はい?』
『…なんで、俺を…』
『…好きになったか、ですか?』
『最初は声が聞こえてきて…気になって。』
『うん』
『そして、次に悠さんの姿を見て…一目で恋に落ちました。』
『………』
『だから、特に理由を聞かれても困るんですけどね』
『………』
『そうですね、あの時の悠さんは…颯爽とした風のようでした』
『もぉいい…』
聞くんじゃなかった。と顔を赤らめて俯く石川を抱き締めて。
とっておきの一言を囁く。
『それはさながら―波を立たせる一陣の風のように。』
- ぬるめた情熱で -
嵐のように愛し合うのも、好きな一時だけれども―
石川が一番好きなのは…
その後に訪れる、穏やかな静寂。
体の奥にくすぶる熱を、ゆっくりと冷ます岩瀬の掌が好きなのだ。
その、ぬるくなった情熱で今夜も―
- くるしいのが終わったら -
たまにだけれども。
凄く岩瀬が愛おしくてたまらなくなる。
どうしようもない程に…
その感情はとても苦しくて。
それを止められるのは、只一人。
基寿だけだ…
だから早く。
抱き締めてはくれないか?
この気持ちがあふれ出して、溺れてしまう前に。
- 貰ってほしい春があるんだ -
桜舞う季節。
この時期は忙しいけれど…とても充実している。
公私共に。
ふと、カレンダーを見れば…自分の誕生日の所がカラフルに彩られていて…。
少し笑ってしまう。
数年前までは、全く気にも留めていなかった日。
弟達に電話口でお祝いされ、やっと気付く…ぐらいの認識しかなかった日。
だけど、今では―
生まれてきたことに感謝できるようになった。
どれも、岩瀬のお陰だ。
イベント好きな恋人。
そんなお前に貰って欲しいものがあるんだ。
それは…俺の生まれてきた 春。
これから先も続く 春―
- リネンは星と陽のにおい -
春先のいい天気だったこともあって、石川達は部屋の片付けと衣替えを実施した。
ついでに、布団も干してみたり。
細々と動いたお陰で、結構疲れていた石川は風呂から上がって、そのままベットへとダイブした。
布団からはお日様の匂い。
おもわず、シーツに懐いた石川は目を閉じて岩瀬が出てくるのを待っていた…が。
「悠さーん」
「…ん…」
「…もう寝ちゃいますか?」
「…ん…」
待ちきれなくて、寝始めた石川。
そんな石川に苦笑をこぼし…岩瀬はとなりへと潜り込む。
そして、石川の体を抱き締め―
「…おやすみなさい、いい夢を」
お日様の匂いと、星明りに包まれ、優しい夢を見る。
- 出せない手紙の宛名 -
「父さん…」
石川は二通の手紙を見つめ…部屋で立ち尽くしていた。
一通は、敬愛する父からの最後の手紙。
そして、もう一通は…自分から父へ宛てた最後の手紙。
その手紙は受け取られることもなく、手元へと戻ってきた。
あの時の衝撃は…きっと一生忘れない。
忘れられるはずが無い。
「父さん…約束するよ。これ以上、誰も犠牲にしないと」
届かない約束を交わした日。
それは、一つの事を決意した日。
そして、石川は警備隊へ入る事を決めた―
- 敬虔な銃口 -
人に向ける銃口は…好きじゃない。そう呟いて俯いたのは―
訓練校の頃。
的に向かっての射撃訓練が終り…実践に基づいた訓練が始まった頃。
石川とチームを組んだ宇崎が聞いた一言。
そして、実際に石川は銃を使わずに制圧した。
宇崎はその一言を聞いて…石川について行こうと決心した。
きっと、そんな綺麗事ばかりを言ってられる世界ではないけれど。
その綺麗事を尊重したいと思ったんだ。
だって、綺麗事かもしれないけど…実願するかも知れないから…。
- 音だけで降る雨 -
ざぁざぁと、何時までも降り続く雨だと思っていたんだ…。
今でも、耳の奥で降り続く雨。
その不快で不吉な音に怯えていたのは何時のころだったか?
止まない雨の音。
だけど、今では…
しとしと、と優しい音に変わっていた。
- 遠ざかりゆく幻に -
待って!と、幼心に追いかけた広い背中。
それはやがて見慣れた背中へと変わり…
ゆっくりと振り向いて笑う。
「基寿」
伸ばした俺の手を握り、岩瀬は「行きましょう」と呟いた。
それに、小さく頷き…眼が覚めた。
眼を開けると、薄闇の中で安らかな寝息を立てる岩瀬が。
そんな岩瀬の胸に顔を埋め…
「お前は…いかないでくれ…」
遠ざかる父の面影と重ならないように、石川は強く願った―
- 風は何から逃げてるの -
「…風は逃げてるんじゃなくて、求めてる…か…」
春風に乗ってきたのは石川が呟いた言葉で。
岩瀬は隣で佇む恋人の方を振り返る。
そして―
「悠さん?」
言葉の意味を知りたくて、そっと意味を促した。
そんな岩瀬に微笑んで。
「俺が小さかった頃…母さんが言ってたんだ…」
「お母さんが?」
「うん。…多分、誰かに聞いたんだろうな、『風は何かから逃げてる』って。
それを母さんに聞いたら…そう返ってきたんだ。
『風は逃げてるんじゃなくて、求めてるから…速く、優しく吹くんだ』って」
「…悠さんのお母さんって、凄く素敵ですね」
「だな。」
昔を思い出し、空を仰ぐ石川に習って、岩瀬も空を仰ぐ。
そこには、春特有の柔らかい日差しが降り注いでいた―
- 終着予定地 -
出発地は片思い。
それから、両思いまでの時間は長くて、険しくて。
そして、想いが通じてからも時間は長くて…
喧嘩したり、泣いたり、笑ったり。
でも、二人が描く終着予定地は―
一つだけ。
君の、貴方の隣だけ。
- 言葉なんか残らなかった -
岩瀬は言葉を欲しがる。
その気持ちは解らなくもない…
でも、軽々しく口には出来ない想いもあったり。
それに、照れくさいじゃないか!
だから、言葉になんか残らないほどの。
ありったけの気持ちをこめて。
見上げる眼差しで。
触れる指先で。
感じて欲しいんだ…岩瀬。
こんなことを想う自分は…我が侭かな?
でも、言葉に出来ない想いは、風に乗って君へと届けば良いと…
いつも、想っているよ。
- もげるようにこぼれた嘘 -
「もう…これ以上、かき乱さないでくれ…」
そう言って、見上げてきた瞳の中は。
言葉とは裏腹に。
『離れていかないでくれ…』
貴方がついた嘘は転がるように零れ…
俺の手の中へと落ちてきました。
- 後ろ姿はりりしすぎて -
凛と響く声。
的確な指示。
誰よりも、何よりも。
最善を尽くす貴方。
全隊員の羨望を一身に受ける、その後ろ姿は凛々しすぎて。
とても、カッコイイです。
勿論、可愛くもありますケドね。悠さん…