【君の名前をどうか呼ばせて。





- 君の名のコノテーション -


桜舞う春。
悠さん、もう直ぐ、貴方の生まれた日が来ます。


泣いたり、笑ったり、怒ったり。
出会ってから、様々な表情を見せてくれる貴方。
どの表情も可愛くて…何度、抱き締めても足りません。


『石川悠』という貴方全てが愛おしい。


だから、貴方の名前を呼ぶたびに溢れる思いは許してください。



それは…俺にとってのたった一つの『真実』だから。






*コノテーション=裏に隠された意味*



- 惨めっぽい本意 -


「委員会の命令だ。仕方ないだろう…」
「ですがっっ!!!」

朝から繰り返す同じ会話。
…何度目だろう…。
委員会からの理不尽な命令。

どんなに悠さんと離れたくなくても、こうして委員会から命令があれば従うしかない。
頭では解ってはいるけれど…心がついていかない。
そんな俺に悠さんは―

「命令は絶対だ。従えないなら…」
「…従います。でも!」
「解ってる。俺だって同じだから…」

悔しそうに俯く石川の姿を見て、岩瀬は、やっと気付く。
だから。

「我が侭をいました。スミマセン…」

心の底から謝った。



惨めでも何でも。

「離れたくない」

コレが俺達の本心…



- のどなんかずっとまえなくした -


俺の心にスルリと入り込んで、勝手に居場所を作った岩瀬。
人懐っこい笑顔。
明るくて前向きな性格。
誰にでも好かれる人柄。

一人きりで生きていこうと思っていた俺に、安心できる場所をくれた岩瀬。
お前に出合うまで、人に助けを求める喉なんて…ずっと前になくしたと思っていたのに。

どんな小さな声でも、お前は気付いてしまうから。
余りに岩瀬が優しいから…。


だから、俺は。
お前を手放せなくなる。
そうなる前に…離れて行ってくれないか?


手遅れになる、その前に。



- 撫でる手は震えるけれど -


頭を撫でる優しい手に岩瀬は酷く安心する。

(あぁ…悠さんの手だ。)

夢うつつのなかで、岩瀬は石川が泣いている気配を感じる。

(泣かないで悠さん…俺がついてますから)

言葉にしたいのに、眠りが邪魔をする。
上手く言葉に出来ないもどかしさを払うように。
石川の体に回した腕に力をこめる。

(これでもう、大丈夫ですからね)

岩瀬の思いが通じたのか、石川の体から震えが止まった。
そして―
穏やかな寝息が聞こえる。

(安心して、眠ってくださいね。悠さん)


願わくば。
貴方の不安を取り除けるが俺だけでありますように…



- 前髪ではねた陽 -


久しぶりの休日。
随分と暖かくなった公園に、石川と岩瀬は散歩に出かけた。
天気が良くて絶好の散歩日和。
公園内には子供達が遊んでいた。

「…遠足かな?」
「っぽいですね」

溢れんばかりの元気で走り回る子供達。
その中の一人が、石川の近くで転んでしまった。
その様子に慌てる岩瀬と、屈んで子供を抱き起こした石川。
そして、子供は驚きから解放されると…ふぇ…と泣き始めた…

「…大丈夫。怪我はないぞ。」
「ふぇぇ…っっ」
「泣くな。大丈夫だから…な?」
「ぅっっく…」

服についた泥を払い、子供が泣き止むようにあやす石川。
石川の穏やかな口調に次第に泣き止んだ子供は、駆け寄ってきた友達に手を引かれ歩き出す。
そして、途中で立ち止まったかと思うと、大きな声で叫んだ。

「おにいちゃん!ありがとう!!」

石川と岩瀬は子供に手を振り返し…微笑んだ。


走り出した子供の前髪で光る陽の光。
そんな穏やかな光景を見て岩瀬がポツリと呟いた。

「…こんな日が続くと良いですね…」

その囁きに返事をする代わり、石川は岩瀬の背中を一つ叩いた。
そして―

「さぁ、戻ろうか…」


彼らの未来を守るため、自分達の戦場へと歩き出した―



- 選りすぐりの婉曲なら -


何時も石川の事を解ってくれる岩瀬。
それはオフィシャルでも、プライベートでも…

石川は風呂上りの岩瀬をじっと見る。
そんな、石川の視線に気付いた岩瀬はゆっくりと歩み寄り―
嬉しそうに微笑んで、小さくキスをする。

「…解った?」
「解りました」
「なんで?」
「…悠さんの事だから、全部解りますよvv」
「…全部?」
「全部です」

自信たっぷりで答える岩瀬に微笑んで。

「隠し事は出来ないな」
「悠さん?」
「…じゃあ、今、思ってること…は?」

岩瀬の首に手を回しながら囁く石川にもう一度キスを送り…

「解りますよ」



口に出さなくても解ってくれる優しい恋人。
きっと岩瀬には、どんな選りすぐりの婉曲もきかないだろう―



そんな事を考えながら、石川の体はベットへと沈んでいった…



- 汚点のある肌 -


石川は鏡の中に映る、自分の腕に残る薄い傷跡に目をやる。
それは岩瀬を助けた証。
石川としては名誉の負傷。
だけど、岩瀬にすれば汚点にしか映らないのだろう…

自分のために残る傷。
確かに、傷を負わせた方としては良くは映らない。

それは、岩瀬の体に残る傷跡に自分が感じる思いでもあるから解る。
自嘲の笑みを浮かべ…肌に残る傷跡に触れた石川は。


それでも、自分の体に残る傷は…
名誉の負傷であって欲しいと、そう願った。



- どれでも好きな灯りを持って -


人の中には、色とりどりの灯りがあると思う。

例えば―
友情を示す色。
信念を示す色。
そして、愛情を示す色。

どれでも、好きな色を持って行っていいけれど。
特別なのは一人だけ。

唯一の色を持つのは…



- うつろうゆめ -


昔の俺の夢は唯一つ。
でも今は………


「小さい頃の悠さんの夢ってなんでした?」

問いかけてきた岩瀬の瞳には、好奇心がアリアリと浮かんでいる。
そんな岩瀬の様子がおかしくて、石川は少し笑ってしまう…

「…なにかおかしかったですか?」
「いや…なんでもないよ、で、昔の夢だっけ?」
「はい。俺は最初からSPを目指してましたけど…悠さんのは聞いたことないなぁと思って」
「そうだな…特に、これといって持っていなかったと思う…でも…」
「でも?」
「父さんの手伝いが出来ればいいと思ってた」
「そうですか…。いい目標ですね」
「そうかな…」
「そうですよ。だって、それだけお父さんの事尊敬していたって事でしょう」
「…そうだな」
「はい、そうですよ」

自分の夢でもないのに…岩瀬は何故か得意げに頷く。
そして、ニッコリと微笑んで。

「今の夢はありますか?」
「今…?」
「はい。今現在のです」

石川は暫く考えて…「あるよ」と答えた。
自分の夢の内容に薄く微笑を浮かべる石川の表情は明るくて、岩瀬はとても気になった。

「それって聞いても?」

ドキドキしながら問いかけてきた岩瀬に、石川は極上の微笑で。



「秘密。」


夢は、とても移ろいやすいものだけど。
例えば、縁側で二人並んで日向ぼっこが出来るぐらいまで―
一緒に居れればいいと思う。


これだけは、移ろう事がなければ良い…と、思う石川だった。



- 悲しみの色をしている -


「これ…」

昔の写真を整理していると出てきた一枚の写真。
それはDGに入って直ぐの頃の写真で―
中央には悠さん、その右側に俺。

写真の中の悠さんは微笑んではいるけれど…
その、意志の強い瞳の奥底にある悲しみの色。
それに気付かない写真の中の俺。

昔は気付かなかったけれど…今では絶対に解ります。


だから二度と、貴方の瞳に悲しい色は写しません。
俺の生涯をかけて誓います。


そんな思いをこめて…写真の中の悠さんをそっと撫でた―



- 予感としてなら知っていた -


「実はね…」

岩瀬の妹・海里は、岩瀬が衝撃の告白をしたとき、いたずらっ子のように微笑んでこう言った。

「お兄ちゃんが日本に行く時、予感がしてたんだ」
「予感?」
「うん。女の勘?」
「……で?」
「お兄ちゃんは、日本に行ったらもう帰ってこないかな…って」
「え…?」
「お兄ちゃんの運命の相手は日本にいる。って思ったんだ。だから…」

驚かないよ?と、そう言って微笑む海里は大人びた表情だった。
驚きの余り、海里を凝視した岩瀬は…
いつの間にか大人になった妹の姿に感慨深くなった。
そして、衝撃の告白にも微笑んで受け入れてくれる妹を見て―

「お前が妹でよかったよ」
「でしょ!」
「調子乗るな!」
「あはは。…ねぇ、お兄ちゃん…」
「ん?」
「何時か…私にも紹介してね?お兄ちゃんの【運命の相手】に」

岩瀬は微笑んで、海里へと手を伸ばし…

「勿論」

やったぁ!と言って笑う海里と石川はきっと話が合うだろう。



それは、そう遠くない未来への希望と予感。



- ばかやろうでしゅうぶん -


「…いわせー。顔が緩んでるぞ…」

アレクの呆れ果てた声色にハッとする岩瀬。
今は、親友であるアレクと一緒に呑みに来ていた。
そこで、岩瀬は愛する石川の事を思い出し…
アレクが引くほど雪崩れ顔だったらしい。

「…恋は人を変えるって言うけどサ。岩瀬、お前の場合、只の馬鹿になったんじゃないの?」
「うるさい。悠さんに愛されるなら…バカヤロウで十分。」

キッパリと言い切った岩瀬に、アレクは一瞬驚くが。
苦笑を一つ浮かべて―

「ごちそうさま」とだけ返した。



- せりあがる陳腐なことば -


それは恋人になる前の事。
夜中、一人で魘される石川に気付き、岩瀬はそっと手を握り囁きかける。

「大丈夫です…皆、無事ですよ。だから…」

岩瀬の言葉に、石川の表情が少しだけ緩くなる。
その表情を見て、岩瀬はホッとするが―
静かに涙する石川を見て、言葉を失った。
岩瀬は、せりあがる陳腐な言葉を喉の奥に飲み込むしかなく…

「悠さん…泣かないで」


そう呟く事しか出来なかった、静かな夜。



- てっぺんのひとり -


警備隊を支える一人、西脇巽は雨の中物思いにふける。

ココに来るまでの長く険しい道程。
いや、険しくはあったが…長くはなかったか。

西脇が見込んだ男、石川悠は思っていたよりも随分と早く頂上へとたどり着いた。
誰もが予想しなかったほどのスピードで。
いや、彼の同期達は予想していたか…

だから、皆が警備隊の中で重要な位置へと登り始めた。
石川を支える為に。

あとは―



西脇の憂いを払える人物、岩瀬基寿が着任するまで、あと数ヶ月。